シロザケなどサケの仲間は、川で生まれた後に海へ下り、成長すると再び卵を産むため生まれた川に戻ってきます。
アイヌ文化では、秋に大量に川を上って来るサケは重要な食糧でした。そのまま食べるのはもちろんですが、大量にとったほとんどは干して保存食にします。また皮から靴を作りました。樺太では着物を作りました。
口承文芸の有名なモチーフは、「魚(サケ)を出す神、シカを出す神という人間界に獲物を出す担当の神様がそれぞれいて、その神々が人間の狩りの作法が悪いことに腹を立てて獲物を出さなくなったために人間の村に飢饉が訪れますが、その後異変に気づいた偉い神様の説得もあり、今後は人間が態度を改めるという約束で獲物を出すこととし、再び魚(サケ)やシカたちが人間界にあふれるようになった」というもので、当館の採録資料にも見られます。これらは環境によって増減が左右される生物の特徴をうまく利用した物語構成といえるでしょう。身近な魚なので題材となることが多く、当館の採録資料にも他に、サケが人間に悪さをする話などが見られます。
サケの寒干し(博物館)
干し鮭(サッチェプ)
アイヌ語辞典
アイヌの伝承
アイヌ語での呼び方:カムイチェプ
・雄のサケの皮は厚く、雌は薄いのです。大きなサケの皮で靴を作りました。炉で焚いている熱い灰を踏むと穴が開いてしまうので、玄関の土間で脱ぎ、畳んで床材の干し草の下に入れておけば冬でも凍ることがなく、急な用事があれば取り出して履くことができました。サケの背びれが足の裏に来るので滑り止めになり、底の皮は厚く丈夫でした。大切に履けばひと月くらいは持ちました。34128,34156
・伝染病の神を送る儀式では、供物にヒメザゼンソウやオオハナウドの干したもの、たばこ、穀物、干しザケの頭や尾びれを供物として捧げました。34124,34438
・サケの氷頭たたきという料理があります。34155
→口承文芸資料「ヘビ神に化かされたクマ神」34103,34104
「女の腹にサケが飛び込んだ」34120
物語や歌など
女の腹にサケが飛び込んだ
イペッ川の中流の村で、父と母、兄と姉、そして年寄りたちと暮らす末っ子の娘が私でした。ある年の秋、サケが川に遡上してくる時期に川で水をくんでいると、急にお腹が痛くなって私は暴れ出しました。まるで魚が陸に上がり体をバタバタさせる様子とそっくりです。村の男の人たち、年寄りたちが集まってきておはらいをしても効き目がなく、お腹は痛いままでした。
(ここからとある男性が語る)
イペッ川の下流の村の村長の息子が私で、父や母はもう年を取ったので私はひとりで働いて暮らしていました。ある時父が「イペッ川の中流の村で、村長の娘が死にそうになっているという。息子よ、明日その村を訪ねていきなさい」と父が言うので驚きました。その夜眠ると、黒い着物を着た男性が私の前に現れてこう言いました。「これ若者よ、明日中流の村を訪ねていったら、祭壇を立てて祈りなさい」といってその方法を教えてくれました。「その娘は尻を丸出しにして水をくんでいたので、そこからサケが飛び込んで転げ回って苦しんでいるのだよ」とも教えてくれました。
翌日中流の村に行き、夢で教えてもらった通りにおはらいをすると、娘の陰部からサケが体をバタバタさせながら飛び出してきたので、皆すっかり驚いてしまいました。そのサケはいたずらをする悪いサケなので、体をぶつ切りにして祭壇に置きました。それからまた娘におはらいをし、薬を飲ませて看病すると意識を取り戻しました。
翌朝になって娘がさんざんに皆から叱られる様子を見てから私は帰ることにすると、村長は私に「どうかこの娘を下働きにでも使ってください」というので「それでは後で来させてください」と言いましたが、内心はとても腹が立ちました。家に帰って父や母に説明すると驚きあきれていました。
翌日山猟から帰ってくると、あの娘がやってきました。父や母に「神のはからいで一緒になるのだ。これからは『尻出し娘』ではなく奥さんと呼びなさい」と言われ、腹が立ちましたが夫婦になりました。子どもがたくさんできたので、子どもたちに「水をくむときは決して尻を出すのではない」と言い聞かせ、年老いたので昔の事件について物語りました。(安田千夏)