エゾオオカミは、タイリクオオカミに近い種類だといわれます。近代になると家畜に被害が及ぶという理由で駆除され、やがては絶滅していったため現在ではその姿を見ることはできません。
アイヌ文化では、当館の採録資料は1980年代以降に聞き取られたものなので、既にエゾオオカミは絶滅しており、実際に見たという話はありません。しかしその時代にも白い犬はオオカミ神の系統であるという考え方があり、大切に育てたという話が伝わっています(日高地方)。
当館の採録口承文芸のうち散文説話では、白い犬の姿で現れるオオカミ神の子供が人間を助けたり恵みを授けてくれる、良い神様として描かれたものが採録されています。しかし英雄叙事詩では、オオカミ神は異形な姿をしていて主人公の家族を殺し、赤ん坊だった主人公をだまして育て、やがて夫にしようとするという悪神ぶりを発揮しています。いずれも日高地方の伝承なので、ジャンルによって性格が異なっていることがわかります。
アイヌ語辞典
アイヌの伝承
物語や歌など
犬の神様からの授かり物
私はある村に暮らしているアイヌの男性です。とてもはたらき者の妻がいますが、子どもがいないことだけをさびしく思っていました。
ある時白いめす犬が一匹迷い込んできたのでかわいがって飼っていましたが、突然お腹が大きくなり、子どもができたようです。おす犬が来た様子もなかったので、私はちょっと気味悪く思いました。
ある時、和人の村に交易に行こうとすると、あの犬が舟にとび乗ってきたので、一緒に行くことにしました。本当は気味が悪いので、行った先に犬を捨ててしまおうという思いが少し私の中にあったのです。
和人の村では歓迎され、何日かして帰ろうとすると、あの犬の姿が見えなくなり、和人の殿様に後を頼んで帰ることにしました。
家に帰りつくと、妻は犬を置いてきたことに怒ってしまいました。それからまた狩りに精を出して、翌年再び交易に行くことにしました。
和人の村につくと、前と同じように歓迎され、犬の消息を教えてくれました。お産を終えたやせ細った姿で現れ、えさを食べるとどこかへ行ってしまうというのです。そこで家来たちに後をつけさせたところ、海岸の岩山にある洞窟に入っていくのを見たということでした。そして私がいるうちに犬は再び姿を見せ、えさを食べながら私の姿を見ると涙を落としていました。皆で後をつけていくと洞窟に入っていったので、殿様の家来たちが仔犬を下ろすためにそこに入っていくと、突然歓声があがりました。「仔犬ではない、人間の子どもだ!この犬は神さまで、子どもは神さまからの授かりものだ!」大騒ぎの中で降ろされた子どもを見ると、神の子どもらしく立派な顔つきをした玉のような人間の男の子が2人でした。私たち夫婦に子どもがないので犬の神が子どもを授けてくれたことを悟り、犬を捨てようと思った自分を恥ずかしいと思いました。「私が悪かった、犬よ!」そういって犬を抱きかかえてなでてやりました。翌日帰ろうとすると、殿さまは「神の子どもをひとり分けてくれ」と言いましたが、それは断り「子どもが成長したら私の代わりに交易に来させましょう」と約束し、帰途につきました。
家に帰ると妻が飛び出してきて、泣いて犬を抱きかかえ、そして2人の子どもを見つけたときの喜びようは大変なものでした。欲しくて欲しくて仕方がなかった子どもが自分たちの家にやってきたのですから。そして神へ感謝の祈りを捧げていたところ、あの犬は上座で丸くなって眠っていると思ったら、死んでしまったのです。ていねいに送りの儀式をして眠りにつくと、その夜夢を見ました。神々しい姿をし、髪を切りそろえた女性が私にこのようにいいました。「アイヌの長者よ、よく聞いてください。私はあなたたちが飼っていた犬ですが、じつは犬ではなくオオカミ神の娘なのです。あなたたちは本当に私をかわいがってくれるので、何とかして子どもを授けてあげたいと思い、このようなことをしたわけです。これからは儀式のときに一番最初にオオカミの神に祈ってくれたならば、これからもずっとあなたたち夫婦、そして子供たちを守ってあげましょう」そういう夢を見て、私は全てを悟りました。それからは言われた通りオオカミ神に一番最初に祈ることを忘れずに暮らしました。子どもたちは尊い神の子孫なので狩りがとても上手で、何不自由なく暮らすことができました。2そうの舟を列ねて息子たちと一緒に交易にいくと、なつかしい殿さまたちも大喜びをしてくれました。「私が年を取って来られなくなっても、子供たちがこれからも交易に来ますから」と約束しました。
何年かすると、どこからか神のように美しい娘がふたりやってきて、息子たちとそれぞれ結婚しました。一組は私たちと同居し、もう一組は近くに家を建てて住んでいます。息子たちには「神をうやまって暮らしていると神は必ず目をかけて幸せを授けてくれるものなのだよ」と言い聞かせて死んでいきますと、あるアイヌの長者が物語りました。(安田千夏)