アイヌ文化では、主な食糧として狩猟の対象になりました。とったシカの頭骨を祭壇に祭ったり、神の国に送り返すという地域はありますが、クマのように盛大な送り儀礼をするという事例は報告されていません。肉はとってすぐ煮るなどの調理をして食べますが、干して保存もし、また脂肪からとった油はシカの膀胱につめるなどして保存しておき、料理に使いました。毛皮は防寒具に、骨や角、足の腱は漁具などの材料になりました。
口承文芸では、個としてのシカ神が主題となる話はなきにしもあらずですが、有名なモチーフは、「魚(サケ)を出す神、シカを出す神という人間界に獲物を出す担当の神様がそれぞれいて、その神々が人間の狩りの作法が悪いことに腹を立てて獲物を出さなくなったために人間の村に飢饉が訪れますが、その後異変に気づいた偉い神様の説得もあり、今後は人間が態度を改めるという約束で獲物を出すこととし、再び魚(サケ)やシカたちが人間界にあふれるようになった」というもので、当館の採録資料にも見られます。これらは環境によって増減が左右される生物の特徴をうまく利用した物語構成といえるでしょう。
雄ジカの群れ(社台)
アイヌ語辞典
アイヌの伝承
物語や歌など
飢饉を救った狩り場の神(ペットゥ)
私は狩り場の神で、男のひとり暮らしでした。女手がないので、ガマをたくさん刈って来てその上に座って暮らしていました。
ある日私の家の神窓に影がさしたので見ると、お酒のいっぱい入った酒椀でした。その上で捧酒箸が飛び跳ねていて、その音がこのように聞こえました。「オキクルミの神から使いに出されて伝言を伝えに来ました。人間の村が飢饉になり、オキクルミの神が人々に食べ物を分け与えていたのですが、それももうできなくなりそうです。狩り場の神様、どうぞ手を貸してください」。
それを聞いてかわいそうになりました。12個の行器を出してきて、そこに少しだけ酒を注ぐと、全ての行器がいっぱいになりました。そして酒宴をひらき、神々を招待しました。シカの神に「シカを出してください」と頼むと、「人間たちは私の仲間を殺しても、木幣も捧げない。仲間たちは泣きながら帰ってくるのだ。そこで食糧を出さないことにした」と言いました。魚の神のところに言って頼むと「人間たちは私の仲間を殺しても、なづち棒も捧げない。仲間たちは泣きながら帰ってくるのだ。そこで食糧を出さないことにした」と言いました。
そこで私はシカの神の倉庫からシカの骨をくすねて、狩り場にまき散らしました。魚の神の倉庫から魚の骨をくすねて、川のへりにまき散らしました。2、3日経つと、シカも魚もたくさんあふれるようになったので安心していました。
すぐにオキクルミの神から酒や食べ物がたくさん届いたので、また神々を招待して酒宴を開きました。力のついた人間たちからも次々に供物が届くので、シカや魚の神様はこう言いました。「最初から狩り場の神の言う通りに食糧を出していれば、色々な供物を受け取ることができたのだった。少しの人間のすることに腹を立てて食べ物を出さなかったけれど、狩り場の神のおかげで供物を受け取ることができるようになった」と言って私を敬いました。(安田千夏)