山地や林内の湿った場所に生えるカツラ科の高木で、巨木に成長することがあります。春先や紅葉の時期には、葉から「カラメルの香り」と表現されるような、とてもいい香りがします。
アイヌ文化では、うすなどの大型の物から調理器具や小刀の柄などの小さい物まで、色々な木製品を作る材料として適しています。特に丸木舟の材料としては知られた木で、この木で作った舟はとても軽くて良い舟であると語られた当館の口承文芸資料があります。また不思議な力を使って人助けをするなど、とても頼りになる神様として描かれた話が日高地方や道北地方などで採録されています。その場合、女神として夢などに現れることが多いようです。
総合的にみるととても印象のいい木で、この木のことをあまり悪く言い伝えた話は聞く機会がありません。ただし当館の採録資料では「まきには適さない」と語られたものがあります。どんな木でも、適材適所ということなのでしょう。
カツラの芽吹き(5/21)
カツラの葉
カツラ材のへら
アイヌ語辞典
アイヌの伝承
物語や歌など
カツラの舟とハリギリの舟のけんか
私は父母と一緒に暮らす男性でした。父に狩りや漁を教えられて育ち、今はもう父は足が悪くなり狩りに行けなくなったので、私がひとりで狩りに行き、何不自由ない暮らしをしていました。
カツラをとハリギリでそれぞれ丸木舟を作りましたが、ハリギリの舟は重くてあまり使わず、カツラの舟ばかりを使っていました。ある夜寝ようとすると、どこからか舟の音が聞こえてきました。静かに外に出て水くみ場に下りてみたところ、丸木舟が2つ、人間のように立ち上がって跳ねあがるようにして殴り合っているのでした。
家に帰って眠ると夢を見ました。黒い着物を着た神のような女性がいろりの上座に座っていて、このように言いました。「旦那さん、よく聞いてください。私はカツラの舟です。あなたはどうしてハリギリの舟を作ったのですか。カツラは女神でハリギリは男神、あなたが私ばかりを使うのでハリギリが怒ったのです。私にけんかを挑んできたのですが、戦っても相手は男神。私は負けてしまうのです。ハリギリの舟をこのままにしておいてはあなたの村に悪いことが起きます。ハリギリの舟はこわして粉々にしたうえ燃やしてください。でもその際、木くずを残さずに燃やさなければ無事では済みませんよ」。
驚いて起き、父に昨夜見たことを話し、カツラの女神が見せた夢についても話しました。父は驚いて「そのような恐ろしいハリギリの舟は早く燃やしてしまいなさい」と言うので水くみ場に行き、ハリギリの舟を引き裂いて壊し、小さい木片までも全て燃やしてしまいました。すると父はこう言いました。「おまえは山に行き、舟の材料になったハリギリの木の根を掘り起こし、小片も残さず全て燃やしなさい。そしてその煙がどこに向かうのかをよく見ておきなさい」。そこで翌日父に言われた通りにすると、燃やした煙が海の方に流れていくのを見ました。それを帰って父に話すと「これからは決して海漁に行くのではない」と言いました。
それからもう何年も経ったので海漁に行きたくなり、父には言わずに村の若い男を連れて沖に出ました。すると沖で、何か舟にとげが生えたような、目や口のまわりに赤い布をつけたような化け物が浮かび上がって私を追いかけてきました。私は驚いてタコ(?)の神に助けを求めると、青い稲光が射したのでその稲妻の間に舟を通して逃げると、そのうちまた化け物が私の後ろに浮かび上がってきました。そこで今度は波の神様に祈ると、化け物が死んだようでした。私は村に帰り、老人たちが太刀を抜き「凶事の踊り」をしながら祈る様子を見ましたが、それきりどうなったのかわからなくなりました。ひと月かふた月、どれくらい気を失っていたのかはわかりませんが、気がつくと私は髪の毛はもちろん体中の毛が抜けてしまっていました。体中にできものができ、次々に腐っていくようでした。私は看病されて何年かそうしていましたが、父はその間に死んでしまいました。私は動くことができるようになっても、人の姿ではなく化け物のようで、それはまるで毛のない赤カボチャのようでした。
だからこれからの人たちはハリギリで舟を作らないほうがいいと、ひとりの男が物語りました。(安田千夏)