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(弟が語る)
父親と母親と兄と一緒に暮していた。両親が年老いたので、兄とともにシカやクマをとって養っていた。ある時、私は「交易に行って交易の品物を両親に食べさせたい」と話すと、兄は「一人で交易に行くのは心配だ」と言って反対した。しかし私は何度も兄に話し、ついに兄も承諾した。私はシカの毛皮、クマの毛皮を舟に積み込んだ。兄は「一人で交易に行くのは心配だが、おまえが行きたいというので行かせるのだよ。早く帰ってきなさい」と言った。私は兄の言った通りに舟を進めた。
(以下兄が語る)
弟は交易に出かけたが戻ってこない。父親は「息子はどうしたのか」と神に祈り「なぜ一人で行かせたのか」と私を責めた。私は弟を探しに行くことにした。両親が生活に困らないように食料や水、薪を用意をしてから、私は舟にのって交易に出かけた。
舟を進めていくと、行く手に大きな岩山が見えた。舟は岩山に向かって進み、その岩山の砂浜に上陸した。すると驚いたことに弟の舟も打ち上げられていた。岩山をよく見ると、上っていけそうなところが見つかったので、私は神に祈ってから上がっていった。その岩山の上にたどり着いて見ると、大きな家があった。そして大きなアリが家の中へ次々と入っていく。そして一番最後に来たアリが、私の側へ来て息の声でこう言った。
「一人で交易に行くと言って兄の意見を聞かずに出かけたが、この場所に舟が打ち上げられ、連れてこられた。するとおじさんとおばさん、一人の女性がいた。おじさんは私に拝礼して次のように言った。「私は大きなアリであって、天界(リクンモシリ)からおろされた。娘が一人いるが、よい結婚相手がみつからない。人間界を見るとあなたは気性がよく、美貌であり、勇気者なので、娘と夫婦となってこの村を守護することになれば、あなたはもう自分の村へは戻れませんよ。」私は驚いて逃げようとすると、アリになってしまった。悪神のたくらみで大きなアリにされてしまったのだ。兄さんは早く交易に行って、交易品をもって家に戻り、私たちが祈る神や父親に「こういう訳だからあきらめてください」と伝えてください。早く逃げないとアリにされてしまいます。早く逃げなさい。」
私は泣きながら岩山を下り舟に乗った。「悪神のたくらみはこのようにあることか」と思い泣きながら和人のところへ行った。和人の殿方が「アイヌのニシパはなぜ泣いているのか」と言うので事情と話すと、和人の殿方も驚いた。「二、三日休んでいきなさい」と和人たちは言うが、「早く帰って両親たちに事情を話さないと、いつまでも神に頼り、泣いてばかりいるから」と私は言い、一晩か二晩和人の殿方のところで泊まって、舟に酒や食物、タバコなどの交易品を積んで村へ戻った。
私の父母に事情を話すと父は炉縁木を踏み、炉縁木を叩いて、「神々がいるのに、このように私の息子が悪神にされてしまったのか」と火の神に抗議した。いつまでも私は弟のことを惜しみ、山を歩いてアリを見ると踏みつけたりした。父母が亡くなった後で私は立派な婦人と夫婦になり、よく働いた。男の子にも女の子にも恵まれたが、いつまでも弟のことを惜しみ、「交易に行くときは二人か三人で行きなさい。一人では決して行ってはならない」と子供たちに言い聞かせた。私はいつまでも弟のことを惜しみながらいて、年老いたので話すのです、とどこかのニシパが物語った。
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