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私の父はイペッ川の川上の村長です。ひとり娘で、両親と兄と一緒に暮らしていました。私は母の仕事を手伝って、家族みんな本当に働き者なので、何の不自由もなく暮らしていました。
私が年頃になった頃、父はこういいました。「イペッ川の中流域の村長のところには女の子と男の子がいる。その男の子とおまえは許嫁(いいなずけ)として育てられたのだよ。もうおまえは大きくなったのだから、そのうちにその村に行ってみるといい」。私は何故か、そのことにすごく腹が立ちました。女の私が配偶者を求めて歩いていけというのだろうかと思って怒り、嫌な態度を取って、その村に訪ねていくことはしませんでした。
そのうちに父と母は年老いて静かに息を引きとってしまいました。それからは兄と両親を惜しんで泣きながら暮らし、何年かが経った頃、兄がこう言いました。「両親がいるときから、おまえは許嫁の話を嫌がっていたようだったが、もう一人前の娘に成長したのだから訪ねていってみなさい。訪ねた先の家の人がおまえにもし嫌な態度を取ったなら帰っておいで。受け入れてくれるようならばその家で暮らしなさい」。この話を毎日するようになりました。朝、兄が山猟にいく前に「今日は許嫁のところに出掛けていきなさい」というけれど、一日家の仕事をしていて、日が暮れる頃に兄が帰ってくると、まだ私が家にいるのを見て「今日はもう無理だから、明日出掛けていきなさい」というので腹を立てながら眠りました。
(録音が中断するが、娘が眠ると夢に何かの男神が出て来て娘に語りかけるという場面になり、その神のセリフの冒頭から録音再開)
「娘よ、私の言う通りにしなさい。おまえの両親は、生きているうちにおまえが嫁ぎ、幸せになったところを見届けたくて何度も許嫁の話をしていたのだが、おまえはその話を聞くのを嫌がっていた。何故だろうと思ってよくよく神の力で見通してみると、赤いマムシの神が天からこの地上に降りて来たのだ。奥さんが欲しくて探したけれど神の国には自分にふさわしい者がいないと思った。そこで人間の国を見回してみると、おまえの美貌、勇気に惚れた。そこでおまえの縁談をおまえが嫌がるように仕向けたのだ。おまえの許嫁も同じようにマムシ神の力で、おまえを訪ねてくる気をそがれていたのだよ。今はもう両親も死んでしまったので、マムシは神々の目を盗んでおまえを自分のものにしようとして、おまえが明日許嫁のところに出掛けていって、ひとりになったところをつかまえて食べ、神の国に連れていこうとして笑いながら準備をしている様子を見たのだ。マムシの神は神力の強い悪神なので、どの神もかなわない。そこでとても力の強いイヌエンジュの木の神に頼むことにした。おまえが明日川を下っていくと、広い砂原がある。その真ん中に大きなイヌエンジュの木が立っている。決してその木を通り過ぎることをせずに、その木に触りながら木のまわりを回って歩き、マムシの神の襲撃に備えなさい。マムシが襲ってきても、神々がおまえを守るから安心しなさい」。
そのようにいわれた夢を見て起き上がり、恐ろしくて泣きながら朝ご飯の準備をし、火の神や家の中にいる色々な神に私を守ってくれるように頼みました。兄も起きてきて食事をしましたが、まさかこのような恐ろしいたくらみを知っていて私を行かせるのではないだろうかと思い、何も言わずに食事を済ませました。自分が縫った物を荷物にして、出掛ける準備を済ませました。兄は気をつけていくようにと何度も言いましたが、怒ったまま口もきかずに出掛けてしまいました。
川の土手を通って川を下っていって、自分の村が見えなくなるくらい下流に下ってくると、夢で見た通りの大きな砂原があり、その真ん中には大きなイヌエンジュの木が立っていました。その木に触りながら木のまわりを回っていると、突然林の中から薄赤い色をした男が現れました。笑いながら私をつかまえようとするので、木のまわりを回って逃げました。神に助けを求めながら荷物を振って抵抗すると、男は怒気を顔にあらわし、みるみる大蛇の姿に変わりました。大蛇がイヌエンジュの木に巻きついて、首だけで私を食べようとして追いかけてくるのです。神々に助けを求めながら、木のまわりを回って逃げ続けました。すると突然、ヘビが木に巻き付いたまま、頭がだらりとぶら下がって死んでしまったようなので、もしかして神々がヘビを罰してくれたのではないかと思い、泣きながら走って逃げて川を下っていって、イペッの中流域の村に到着しました。
村長の家と思われる家の前には、働き者の男たちがいるらしく、肉や魚の干した物を掛ける竿が並んで、食物がたくさんぶらさがっていました。女性も働き者のようで、家の外はきれいにしてありました。庭に荷物を置いてそこで泣いていると、家から若い娘が出てきて、私を見るとすぐに引っ込んでしまいました。入れた方がいいかと家の人に相談すると、年配の人たちが入れるように促す声が聞こえました。するとまたあの娘が出てきて、私の荷物を持って、私の手をひいて家に招き入れてくれました。戸口のところで泣いていると、火のそばに来るように促されたので、炉の下座のほうに進んでいきました。
訪問のわけを尋ねられたので、今までのことをすべて話しました。すると年配の男性は火箸を取り、神々にマムシの悪神を罰してくれるように祈ってから、私の無事を喜んでくれました。家の女性たちも無事に会えたことを喜んでくれました。そのうちに許嫁の男性が山猟から帰ってきたので、しゅうとになるおじさんは今までのいきさつを話し、私が許嫁であること、明日になったら悪神の様子を見にいって罰すること、それから木の神に感謝の儀式をすることを話したところ、男性は承諾の咳払いをしました。
翌日、私の許嫁は村の男たちを集め、川を遡っていきました。しばらくして戻ってくると、驚いたことに本当に大きなマムシが木からぶらさがって死んでいたので、木から下ろして細かく刻んで罰してきたと言いました。イヌエンジュの神はマムシの攻撃で樹皮を剥がされ、無惨な姿をしていたといいます。酒を出して木幣を作り、木の神が新しい着物を着ることができるように祈りました。明日は兄のところに報告にいくようにといわれ、喜んで眠りにつきました。
その夜に、また神が夢に出てきました。「イヌエンジュの神も新しい着物を着られたので感謝していますよ。あなたの兄さんには、包み隠さずにすべてを話しなさい。あなたの兄さんからも感謝されれば、神々はますます神格があがるのですよ。あなたたちが子宝に恵まれるようにもしてあげましょう」ということでした。許嫁の男性も起きて来て、同じ夢を見たようで、火の神様に拝礼をしながら何かを話していました。そしてふたりで連れ立って私の兄のところに行きました。途中で悪神に襲われたところを通るのは恐ろしいものでしたが、木の神に感謝をしつつ通り過ぎました。
家に到着し、私が泣きながら家に入ると、兄は驚いて「どうしたんだ、いじめられて帰ってきたのか」と言うので、今までのことをすべて話しました。兄は驚き、そして私の無事を喜んで、ふたりで抱き合って泣きました。兄と旦那さんになる人は、一緒に神に感謝をする儀式をしました。それから1日か2日兄のところにいて、嫁ぎ先の家に帰ってきました。兄が寂しいだろうからといって、お嫁さんを世話したところ、兄も幸せに暮らすようになりました。嫁ぎ先の父と母が亡くなってから、その娘も結婚して、家の近くで暮らしました。それぞれ子宝に恵まれ、お互いに訪ね合って仲良く暮らし、もう年を取ったので、昔あったことを話しますよと、イペッの川上の村の村長の娘が物語りました。
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