ヘッダーメニューここまで
ここから本文です。
私は川の中流に住んでいて、働き者で、山でクマやシカを獲って暮していました。妻も働き者で何不自由することなく生活していました。川下の長者と互いに訪問し合ってはいろいろな話をして楽しむこともありました。年をとってからはなかなか行き来できなくなったけれども、お互いに子どもがいて、子ども達が行き来していました。子ども達が大きくなってからは私以上に山で獲物を獲るようになりました。
もう秋になり、雪も降っているある日、日暮れ頃、私たちは晩御飯を食べていると、どうしたことか、雪が降り、風も吹いて荒れていてあたりも暗くなっているというのに、どこかから声が聞こえてきました。鳥の声が川下の方から段々と近づいてきて、風の中、飛び立っては落ちる音が聞こえました。戸の側まで来たようだったので、子どもに見に行かせると、「川下の長者のところの鳥だった」と言いながら、連れてきました。
びっくりしていると、鳥の息が言葉となって聞こえました。「川上の長者よ、聞いてください。私は川下の長者に育てられています。長者のところには一匹のオス猫がいるのですが、その猫が川下の長者の奥さんに惚れて、食事の時になったら、毒を入れて長者を殺そうと企んでいるのです。私はどうにかして長者を助けたいので、知らせにきたのです。食事のときになって、川下の長者のお膳に食べ物が置かれたら、猫はそれを跨いで跳ねて、お椀に毒を入れ、殺そうと考えていて、今晩うちの長者は殺されてしまいそうなのです。どうにか助けてください」
私はびっくりし、支度をし、その鳥を連れて川下に下りました。私が訪ねると、川下の長者は驚いたけれど、「いつものように遊びに来ましたよ」と言って入って行きました。例の悪猫がいて、私を睨んでいました。長者と挨拶を交わし、食事を勧められ、食べ物を差し出されたけれど、手をつけずにいました。川下の長者にも差し出されると、本当に鳥が言ったように、悪猫がお椀を跨いで飛び越えるのを見ました。私は腹が立ち、「長者のお椀を私は食べたいので、あなたのお椀を渡して、私のお椀を食べてください」と言いながら、そのお椀を手に取りました。「驚いた。同じようによそってあるというのに、どうしてそんなことを言うのでしょう」と言われたけれども、「長者のお椀を私は食べたいんですよ」と言いながら、私のお椀を長者の方に置いて、例のお椀を手に取り、外に出て犬達に食べさせると、それを食べたものは少しすると、死んでしまいました。
「鳥のカムイが私に知らせに来て、このようにやって来たのです。この悪猫は悪い心を持っていて、あなたの奥さんに惚れて、あなたが殺された後で奥さんを妻にしようと思って、あなたのお椀に毒を入れたのですよ」と言って、悪猫をぎゅっと掴んでポカポカ殴りました。川下の長者も怒り、「本当にびっくりした。かわいがって育てていたのに、このように悪いカムイで悪い心を持っていたとは」と話しました。川下の長者も猫をポカポカ殴り、ゴミと混ぜて遠くに投げ捨てておきました。
私はその日は泊まり、翌日になると家の中をきれいに掃きました。カムイ達にもこのことを知らせました。魔払いをし、これからは悪い心のカムイが家の中に来ないようにとカムイ達に祈りました。
そして、自分の家に戻って、「このように、猫といっても恐ろしいものなのだ」と自分の体験を話しました。それからも川下の長者とはお互いに訪問し合い、もう子ども達も大きくなったので、山に狩りに行き、私の方は年を取ったので、家にいて、何不自由することなく暮らし、若いときにこのようなことがあったのだという話を川の中流の人が話しました。
本文ここまで
ここからフッターメニュー