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物語や歌

C0152. ポロシルンカムイになった少年

あらすじ


 サモㇿモシㇼ(隣の国)の中央で、私は母に育てられて暮らしていた。夜も昼も栗だけ食べさせられていたが、それでも今は成長して大きな男の子になっていた。

 ある日、母が今にも泣きそうに私に言った。

 「私の言うことを聞いておくれ。お前には本当は父がいるんだよ。お前が生まれるより前、私は沙流川のみなもとを守る偉い神、ポロシㇼ(幌尻岳)の神と夫婦で仲良く連れ合って暮らしていた。夫がたいへん偉い神であるのでかしこまっていながらも頼りにして一緒にいたものだった。

 ある日、夫は身づくろいして外出した。あまり長い間家にいたので、守っている山や人々を見に出かけたのだろうと思っていたが、何日たっても戻る様子がない。しばらくしてようやく戻ってきたが、偉い神なのでわけを尋ねることもおそれ多く何も言わずにいた。その後も夫は何度も外出しては二日も三日も、ときには十日までも留守にするようになった。夫は十勝のみなもとを守る神の妹の元に通っていたのだった。私がいれば十勝の神の妹をこの家に迎えることもできないと思い、私は家を出て沙流川を下っていった。

 途中、平取の神のところへ立ち寄ると、神であるおじはこう言った。『神の奥方よ。お前が家を出て来たいきさつを私は見ていた。そしてお前をなだめようとこうしてお前を待っていたのだ。私の言うことを聞いておくれ。あのような偉い神と夫婦で神を頼りにお前は暮らしていた。同じように国中の神々も、ポロシㇼの神の勘案によって神としての務めを果たせるのだ。神であれ人間であれ恋心に変わりはない。私がポロシㇼの神に進言するので、お前は戻りなさい』と言ったが、私はそれに従わず、海面の堅くなっている床を歩いてきた。

 やがてこの土地にたどり着いた。見ると栗ばかりの林だったので、ここにいれば栗だけでも食べて生きていけると思い、栗を拾って夜も昼も栗を食べながら暮らしていたところ、意外なことに私は妊娠していたのだった。そうと知っていれば家を出ることもなかっただろうに。今さら戻ることもできず、出産に備えて毎日毎日栗を拾い集め、やがて生まれたのがお前なのだ。女の子だったら手元に置いて暮らすこともできるが、偉い神の跡継ぎになる男の子であったので、手元に置いておくことはできない。お前もここまで大きくなったのだから、明日は神の父のもとへ行くのだよ」

 私は振り向いて、「母さんが女手ひとつでぼくを育ててくれ、ここまで大きくなったのに、母さんを残して行くことなんてできない」と言うと、母は私を何度もなぐさめ、私を涙ながらに叱るので、私は母の言いつけに従うことにした。母は栗を特別おいしくゆでて私たちはそれを食べ、翌朝も栗を食べて、袋いっぱいに栗を入れて私に背負わせると母はこういった。

 「海面の堅いところをお前が歩いて行くと、山すそが海に切り立っているけわしい山がある。その山づたいに登って行くと山の頂きに立派な家、神の家があって、その中に年寄り夫婦がいる。私の母さん、父さんにあたる人でウップシの山を守る神なのだ。そこに泊まっておじいさんからお前の行き先を教えてもらいなさい。そして次の日は平取のおいじいさんのところに行ってそこに泊まれば、お前の父、ポロシㇼの神のところへ着けるように行き先を教えてくれる。さあ行きなさい。決してうしろを振り向かないで。お前は男なのだから、お前がするべきことを神の父さんが教えてくれるだろう。さあ」と母がいうと、私は栗の荷を背負って海の上の床を歩き出した。

 母の言った道を進むと、本当に母のいったとおり海に山すそが切り立ったけわしい山があってそのウップシ山のてっぺんに登って行った。すると本当に神の家立派な家、大きな家があった。母に言われた通り遠慮せす家の中に入ると、右座には老夫婦が並んで座っていた。左座に私が座ったところ、年老いたおじいさんが私に礼拝すると「どこからきた男の子だ」と聞くのでいきさつを答えると、

 「位の高い神、ポロシㇼの神の頼みであれば断ることもできず、私たちのひとり娘がポロシㇼの神の奥方が務まるだろうかと心配しながら送り出したが、私の娘が至らないばかりに互いに行き来することもできずにこれまでいたのだ。だが意外や神の孫神の子孫を与えてくれたとは!」というと涙をハラハラと落とし、おばあさんとふたりで何回も何回も私を撫でまわした。そしておばあさんが立派な料理をこしらえてくれた。私は生まれてはじめて栗以外の食べ物をおいしく食べながら、「母さんにもこんなおいしいごちそうを食べさせてやりたい」と思いながら腹いっぱい食べた。その後おばあさんとおじいさんの間でぐっすりと眠った。

 早朝、私が栗の入った袋を背負って外に出た。出発するとき、母は「ウップシのおじいさんの家の裏に栗を半分まきなさい。残りの半分は平取の神のおじいさんの村の東のほうにまきなさい。そうすれば栗林が茂ってアイヌの国の人々も神々も食べることができるでしょう」といって母が私に背負わせたものであったので、半分をおじいさんの家の裏に撒いた。

 私はおじいさんに教えてもらった通りに平取に向かった。海の上を通ったときには海面の堅いところを歩き、ときどきは陸を、ときどきは海を歩いて行った。そうして平取の神の家に着き、やはり遠慮せずにすぐ家に入った。すると年寄り夫婦が並んで座っていた。そしてその向かい側に私が座ったところおじいさんが私に礼拝しながら「お前はどこから来た男の子だ」と尋ねるので、これまでの経緯を話すと、何回も何回もそのおじいさんが私に礼拝に礼拝を重ね、「お前の母親が家を出て来た様子を私はみていた。だからそこでなだめて戻そうといい聞かせたのだが、私の忠告を聞かないでどこかに行ってしまった。ポロシㇼの神はそれを悔やみ、それからは何も食べないで寝てばかりいるという噂だった。それなのに意外にも奥方が神の子を宿していた。今夜はもう遅いからここに泊まりなさい。明日私がお前を送って行こう」という。

 明くる朝、私は外へ出て、母の言いつけどおり残り半分の栗をまき、その神のおじいさんに送ってもらいながら沙流川沿いに歩いた。そうしているうち沙流川の水源にとても高い山があり、その頂きにはそれこそ神の築いた立派な城があって、その前まで行くとおじいさんは「ここがポロシㇼの神、お前の父親の家だ。私のする通りにお前もするんだよ」と言って平取のおじいさんが入ったので、おじいさんの着物の端をつかんで後から入った。

 物音一つせず、ひっそりと静まりかえったその家の何と大きいことか。その大きな家の中には大勢の神々が集まっている。先回りしていたのかウップシの私のおじいさんもいた。平取のおじいさんについて行くと、上座の神々が動いて炉の上手に私たちの場所が空けられ、平取のおじいさんがそこに座ったので、私もその隣に座った。見ると、右座には母が言ったとおりポロシㇼの神がいた。やがて平取のおじいさんがポロシㇼの神に拝礼し、こう言った。「奥様が家を出てしまった後に、あなた様が苦労していた噂を耳にしておりましたが、意外や、奥様はサモㇿモシㇼ(隣の国)のまん中に行って暮らしていたのです。ここを出るとき子を宿していることを知らずに行ってしまってからそれを知ったのです。奥様は一人で子を産み、神の子を今まで自ら育てておりましたところ、ポロシㇼの神のもとへ帰るべく来たこの子を私が送って来たのです。何を言わずともあなた様の子なのですから、振り向くだけでもして下さいませ」と平取のおじいさんがいって礼拝すると、じっとふさいで炉の中央をにらみつけ泣きださんばかりにしていたものがふいっと頭を上げ「本当なのか!夢ではなかろうか!神の我が子、我が妻が私にいのちを、後継ぎを与えてくれていたことを私はつゆぞ知らずにいた。それなのに偉い妻であるゆえに自ら産み、自ら育て今まで育て上げ、わが子を私のもとにもどして来たというのか!そうであればお前は神のわが子なのだ。私のそばに来なさい!来なさい!」といった。

 平取のおじいさんに促されて父のそばに行くと、もう大きい私を抱いて撫でまわし、私の上に涙を落としながら「こんな立派な息子、後継ぎの息子が私にいたのに妻に苦労をさせた。妻と仲良く連れ添っていたのに、私の行いのために妻が家を出てしまって、それでも私にいのちを与え、後継ぎを与えたのであれば、私もこのアイヌの国における役目を終え、明日は神の国に上がって行く定めだ。それゆえ神の国に行ってから、はじめて妻を呼び寄せ、神の国で本当の夫婦、唯一の夫婦でいるつもりだ。これまでは私が神の国に行った後に、誰を、どの神を本当に神の後がまにさせて、私の城を守らせればよいものやらと考えて、寝てもさめてもそればかり考えて悩んでいたのだ。だが幸いにわが妻がこの城を守るべく私に後継ぎを与え、私に帰してよこした。そうであればまだ幼すぎる、小さな男の子であるが、私の後がまにして神の国に私は行くつもりである。私の後に、私がいたときと同じように、お前たちがすべきことをし、わが子のいいつけだけをお前たちは気をつけて聞いて国を守り、人々を守っているのだぞ!私は明日、安心して神の国へ旅立とう」

 そう言って私を撫でまわしたところ、神々も頭を下げて座っていたのに、ふいっと顔を上げて私に礼拝するやら父に礼拝するやら礼拝をし続けると、それからようやく談笑し色々なよもやま話をし合った。その晩、私ははじめて父に抱かれて眠った。

 翌朝早く起きた私は、せめてもう一晩だけでも父に抱かれていたいと思ったが、「どうしても今日、その神の国に上がって行かなければならないのだ!お前は私の後をついでこの城で神としての役目を果たすのだ。私はお前の母を天の神の国に呼び寄せ、毎日毎日お前をみて力強くお前が大きくなる様子を見守っているのだから」と父がいいながら私を撫でさすると箱を取り出して箱の中から着物を出した。そして何枚かの着物にそれぞれ帯をしめ、いくつかの着物は帯をせずそのまま羽織り、神のサパウンペ(幣冠)をかぶりながら杖をついて外に出た。父なる神は「息子よ! 私が帰る姿だけでも見るのだ」といって外に出て、私も神々も全員が外へ出たところ、父がヌサ(幣場)に行ってタㇷ゚カㇻ(踏舞)のようなしぐさをしたと思うと、大きな鳥になって飛び上がった。私は泣き叫び地べたに転がって足をバタバタさせながら泣き騒いでいると、私の上にその鳥が舞い降りてきて激しい雨のような涙を私の上に落とした。そうしているうち鳥は思い切ってさっと高く飛び上がった。飛んで行った先に天の入口が開き、中に入ったかと思うとその入口が閉まるのが見えた。

 私はその場で泣き騒いでいると、神々が代わる代わるなぐさめに来る。やがて平取のおじいさんが来て地団駄を踏みながら私を叱りつけた。「男のくせに、そんなように泣いていたら良いとお前の父親が言いつけていたか! これからお前は神の父親に代わるはずの者なのに、お前はそれがわからないのでそのように言っているのか」といって私を叱ると、ようやく私も気を取り直し、「母さんもあんなによくよくいいつけてぼくをここに寄こしたんだ!父さんだって一晩だけでも抱いてくれ父さんにも会えたんだ。父さんがぼくに言った最後の言いつけに背くこともできないだろうな!」と思い直し家の中に入った。

 それからは神の食事を食べていたのでお腹がすきもせずにいると、座っている大勢の神々みな、そして私のおじいさんも「我が孫よ! これからお前が城を守っていればしょっちゅう来るよ!お前を見たくて私は来るんだよ!淋しいと思わないで、尊い神の跡をしっかりと守るんだよ!」と私のおじいさんもウップシのおじいさんも私に言いつけて外に出た。その他の神々もみな自分の守っている山へ帰ってしまい、私は一人になってしまった。淋しくてふと空を見上げると、天の入口が開いていて母と父が笑いながら一緒にいるのが見えた。そして「ぼくにほほえみかけぼくを向いて笑いながらいろいろとぼくに話しかけているんだな」と思うと淋しくなくなった。天の世界で父と母が私を守り、アイヌの国の山ごとにいる神々が毎日毎日代わる代わる集まってきて、それぞれの役目を聞きながら私を見舞いに大勢来るので淋しくもなく、父の後、神の立派な城を守りポロシㇼの尊い神の後継ぎに私がなった。そして父がたくさんの高い評判を得ていたとき以上に評判が立つポロシㇼの神に私がなったのである。

 

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