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物語や歌

C0160. 沖の国から逃げてきた陸の国の女

あらすじ


 海辺の斜面を背にした家に私は兄とともに暮らしていた。兄は私をたいそうかわいがりながら育ててくれた。猟に行ってはクマを獲ってきて私に食べさせてくれた。そして私がある程度大きくなって一緒に遊べるようになったころこう言った。「お前はもう大きくなったので、お前を背負って一緒に山に行くのは大変だから、日が暮れたらなるべく早く帰ってくるのでそれまで家で待っていなさい。決して海のほうに行ってはいけない。波が高いと危険だから。家で一人で遊んでいなさい」と夕食後に言った。私は「そうは言っても兄の帰りが遅かったらどうすればいいのだろうか」と内心思っていた。

 翌朝、兄は「今日は山に行くのが大儀なので休むことにする」と言った。そして山に行かずに家の外で何かをしている様子を私は見た。そして私のほうを見て微笑んでは、私も一人で遊んでいた。やがて日も高くなったので、私は昼寝がしたくなり、家の中に入って昼寝をした。やがて何かに顔をペロペロなめられる感じがしたので目を覚ますとそこにはきれいな小犬がいた。私はパッと外に飛び出すと兄が窓から見ていて笑いながら「明日は私は一人で山に出かけるが、お前が一人でいるのも寂しいだろうし、海の近くに行くのも心配だから、この犬をもらってきたのだよ。この犬はお前よりも小さいのだよ。だから怖がらせずに一緒に遊んでやりなさい。」私は喜んで、外出することもせずに家の中で小犬をかわいがって一緒に遊んでいた。やがて夕方になったので兄は家の中に入り炊事を始めた。小犬にも食事を作ってくれ、みなで一緒に食べた。

 翌朝兄は山に出かける前に再び「決して海のほうに行ってはいけない」と念を押した。兄の帰宅が遅れたらどうしようとも思ったが、小犬と一緒に遊びながら兄を待った。お昼になると、兄が前の晩用意してくれたお昼ご飯を小犬と一緒に食べた。

 やがて私は成長し、女の子になった。そして考えたのは「兄はどうして一人で私を育ててくれているのだろう。私もこれほどまでに成長したのだから波が高かったら危ないことくらい理解できる。」兄が浜で薪を拾って家の周りに積み上げているのを見ていたので、私はその手伝いがしたくなり、天気のよい日に浜に出て薪を拾っては家まで運んでその周りに積み上げた。小犬も一緒になって駆け回っていた。そして薪を咥えてきてくれたり、細かく砕いたりしてくれた。兄が帰ってきたら喜んでくれるだろうと思いながらたくさんの薪を運んだ。そして日が暮れても寝ることもせず薪を集めた。

 やがて兄が帰ってくるとその様子を見てビックリして、「波が高いのになぜこんな危険なことをしたのだ。薪なら私が集めてくるからよいのに」と言った。私は「波が高くて危ないことはもう理解できるから、薪も良いのを選んで運んだのです。お兄さんのお手伝いがしたかったのです。」と答えると兄は黙っていた。兄は疲れて帰ってきたので、料理をさせるのも気の毒だったがその様子を見ていて、私は料理を真似したかったのでその様子を見ているのだが、料理も終わって遅い夕食をとった。私は兄が山で疲れて帰ってきてさらに料理をしたり薪を集めたりするのを気の毒に思っていたので、それからも薪を拾っては兄がしていたように薪を家の周りに積み上げた。夜になると、もう遅いから兄もそろそろ帰宅するだろうと思い、火を焚いて、兄がしていたのを見よう見まねで料理をして兄を待っていて、やがて兄が戻ってきて窓から覗きこみ、「妹が料理をして私に食べさせてくれるのはありがたいことだ」と笑いながら言った。私もそれを聞いて嬉しくなった。そして兄が持ってきた食料を使って煮炊きし、鍋からよそって食事をし、それから兄は猟場の話を私に話して聞かせた。そのときも小犬は兄のところに寄り添って、兄は小犬を撫でてたいそうかわいがり「お前は犬だから人間の言葉は話せないが、人間の言葉を理解することはできるだろう。これからもわが妹をしっかり守るのだぞ。」と言った。やがて寝る時間になると、小犬は兄のそばで丸くなって寝た。翌朝私は早く起きて鍋をかけると兄も起きて私に料理の仕方を教えてくれた。それからも兄は毎日山に山仕事にでかけたが、私は家で薪を集めては家の周りに積み上げていた。冬になると薪集めができなくなるので、その前に薪を集めてしまおうと春になったらさっそく薪集めにとりかかった。私はがんばってたくさん薪を集め、たくさん積み上げたので兄はたいそう喜んだ。そして兄も食料を十分に獲ってきてれたので、私たちは春まで食料も薪も不足することなく暮らすことが出来た。

 私たちの村の上流に大きな村があって、私は行ったことがなかったので一度行って様子を見てみたいとかねがね思っていたが、道もわからないので一人では行けないと思っていたので行かずにいた。やがて私はすっかり一人前の女性に成長した。もう浜に薪を拾いに行っても兄は何も言わなくなっていた。兄は夜帰宅して、肉を干すのを私は手伝っていたのだが、ある日、兄が山にでかける前に針仕事の道具を出してきて、そしてきれいな衣服も出してきて「この服をよく観察して同じようなものを作るがいい。針仕事は女の生業だ。薪を集めるだけが女の仕事ではないのだから、これからは薪集めはしないで、針仕事をマスターすることに専念しなさい。」と言ってきれいな絹の反物を私が使うようにと出してくれた。兄が出かけたあと私は見よう見真似で針仕事をやってみたが、針を持つのも初めてだったのでうまくできず、何度もほぐしてはまた作りなおすということを繰り返した。やがて私は針仕事も上手にできるようになった。そしていざ服を作ろうというときに、兄のを作って失敗してしまったら申し訳ないと思ったので、まずは自分の服を作ってみた。そして2,3日して出来上がった。兄がそれを見るとたいそう喜んで「もうこんなこともできるまでに無事に成長して安心した。手先これほど器用とは」と言ってほめてくれた。それから兄の服と自分の服を縫った。

 私が外出しないので小犬は戸口のところで寝てばかりいた。私がたまに外出すると私の前に飛び出して駆け回った。そして雪の前に一つでも多く薪を集めようと思い、針仕事に疲れたら外に出て薪を集め、兄が帰宅すると肉を干すのを手伝った。

 ある日、今日は疲れたので休もう、もう薪も十分に集めたので今日は休もうと思って朝食後の時間を過ごした。やがて昼近くになると、兄も休んでいて、私も外出しないで家で針仕事をしていた。兄は自分の座っていたところから神窓の方を何度も見ている。その窓からはずーと海が見渡せるのだが、「眼が悪くなったのかと思ったがずっと向こうにレプンクㇽ(沖の人)の舟が陸のほうに向かってくるのが見える。」というので私もその方角を見てみると確かに船影を見た。しばらくすると外で人の声がするので外に出てみると私より少し年齢が上に見える男女や子どもたちが舟から下りてくるのが見えた。小犬はその人たちのところに駆けて行って、その人たちも笑みを浮かべて話していた。そして私も微笑みながらいた。そして私たちの家の前で一緒に遊んでいると、ずーと沖の方から今度はヤウンクㇽ(陸の人)の舟が陸の方に上陸する様子が伺えたので、人々は驚いて「私たちの村に急を知らせに行かなければいけない」と言いながら行ってしまった。

 私も怖くなったので家に入ると兄は「私たちまで恐ろしくなって逃げ出してしまっては大変なことだ。その人たちがここにやってくるのかどうかまずは見極めよう。かしこまって待つがよい。」と言うので、私は針仕事をしていたものを敷物の下にしまってかしこまっていたところ、私たちの泊に舟を上げる音がした。兄は「引き返す様子もなさそうなのでやがてうちにやってきて戸口のところに立つだろう。お前はかしこまって外に出て様子をうかがってまた戻ってきなさい」と言うのが私は大変心細かったのだが、兄が私にそのように命じるので戸口のゴザをあげて外に出たが怖いのですぐ戻ってきた。そして兄に「どこの人だかわからないが外に人がいる。」と言った。「もう今からではどうしようもないのでその人たちを中にお通ししなさい」と兄は言った。私はかしこまって「どうぞお入りください」と言うと男が入ってきた。

 その服装は6枚の服を重ね着したものだった。その顔立ちは人間だかカムイ(神)だかわからないほど美しかったが、服を6枚重ね着していたので、私はその服装を不思議に思っていたが、私はかしこまって座っていたのでじろじろ見ることもしなかった。男は兄のそばに座って兄と挨拶を交わした。そして私に向かっても挨拶した。そして兄はこう言った「こんな遅い時間にいらして旦那様はカムイなのですか。今からおいしい料理の仕度をさせますのでどうか今晩は我が家に泊まっていってください。」そして私は鍋をきれいに洗って食事の仕度をし、男は兄と歓談した。男は歓談の最中も時折涙を流していた。私は兄と二人で暮らしていたのでこの人がどこから来たのかわからないがこうして兄を歓談していて、なぜこの海を渡ってきたのだろうか、なぜ泣いているのだろうか、そう思いながら私は食事の仕度を終えた。家の中はまだ明るかったが、私は男と兄に食事を出した。すると男は器に向かって何度も拝礼した。しかし食事の途中でも何度も涙を流すのを私は不思議に思いながら見ていた。それからも兄と男は歓談していたが、兄も深く同情しているようだった。兄も話の途中で何度も待っているような様子だった。

 やがて兄は話を中断して何も言わなくなった。そして男が何度も拝礼をして話したことはこうだった。「尊敬するヤウンクㇽの旦那よ、私がこうして涙を流し、はるばるやってきたことをさぞや不審に思っているでしょう。こうしてやってきて、何度も自分の顔を拭くことについて何も話さないので不気味に思っているでしょう。ですからお話しましょう。」すると兄は「詳しい事情は存じ上げませんが、私に事情をお話いただければあなた様のお気も少しは晴れるかもしれませんよ」と言った。すると男は「私たちはレプンモシㇼの村のもので、私には兄弟が2人いて、3人兄弟なのですが、私はその末っ子なのです。私たちには両親もいて、やがて私たち兄弟は妻を娶り、一番上の兄が父と暮らしていたのですが、次兄は別の家に住み、私も別の家に住んでいたのですが、冬になる前に食料を確保しようと毎日山に行って山仕事をしていた。ある日、山から帰ってみると家から火の気が消えている。驚いて家の中に入ると妻の姿がない。どこに行ってしまったのか見当がつかないので、父や兄らに聞いても知らないという。私は泣きながら何日も待ったが「生きているのならいつか戻ってこないだろうか」と思っていた。

 そのうち私が山から帰宅すると別の女が家にいて私の世話をするようになった。その女の作るものを食べていたのだが、その女もしばらくすると消えてしまう。するとやがて新たに別の女がやってきて私の世話をするということを繰りかえし、とうとうあわせて6人もの妻に世話してもらい、服も縫ってもらったので、私はこのように6枚の服を重ね着しているのです。私は恐ろしくもあり、また女たちを気の毒にも思います。私もこのままでは死んでしまうのではないかと思ったが、私にはカムイのご加護があって、山に行ってもいつも獲物に恵まれていた。それは私が宝物(kamuykorpe)を持っているからなのだが、兄らと父はその宝物を預ければ妻をやるからと言ってせまった。私が自殺して、もし私が死んだら私の財産を悪人である兄や父が分けてしまうだろうと思い、しかしそうでなければ宝物は朽ち果ててしまいそれももったいないと思っていのだが、6人の妻を通して10人?の妻が[文意が読み取れていない箇所]ヤウンクㇽほど憑き神が強力で、心の清らかな人はいない。そこで私はここへ来て、旦那様も、妹様もさぞかし我々を恐れるだろうと思っていたら、控えめではあるが旦那様は私を迎え入れて話もしてくださった。あなたの妹さまほど心の清らかな女性を見たことがない。そして私の身の上を心配してくださった。おそるおそるではあるが、やってきた私を迎えてくださったのでうれしくて涙を流していたのですよ。ヤウンクㇽの旦那様は憑き神がよほど強いのでしょう。私はよほどうれしく涙が止まらなかったので、話し始める前に何度も顔を拭いていたのですよ。」それを聞いて兄は拝礼をした。そして兄ももらい泣きし、慰めの言葉をかけた。すると男は「私は妹さんと一緒に自分の村に行ってそこにある宝物を差し上げたいと思っている。どうだろうか」と涙ながらに兄に頼んだ。すると兄は、「そこまでおっしゃるのなら、それはあなた一人で言っているのではなく、あなたの憑き神もそう願っているのでしょう。ヤウンクㇽは憑き神が強いので、うそをつくことなどできないでしょうからあなたの言っていることはすべて本当のことでしょう。妹はたった一人の血を分けた兄弟なので、どんなことがあっても必ず返してくれるよう、それはあなたもおわかりだろうから、どうか連れて行ってください」と言った。そうして二人は互いに涙ながらに拝礼を重ねた。それを聞いていた私は大変なことになってしまったと思った。6人も妻が次々に消えてしまったのに、私に何ができるだろう、と思った。やがてもう夜も更けたので、炉ぶちに寝床を作って、兄も寝たので私も横になったが眠りにつくことが夜明けまでできなかった。明るくなったので起きて食事の仕度をし、男も起きたので、何か話そうと思ったけど会話するのも恐ろしいように思った。やがて兄も起き出し、男と話を始めた。

(咳で中断)

 やがて朝食も終わり、兄は私に向かって「昨日はお前が行くことを承諾したが、そんな遠くへ行ってしまいお前にもしものことがあれば私はどうすればよいのだろう。でもすでに承諾してしまったのでどうしようもない。お前は女だが、ヤウンクルの憑き神は女でも大変強いのだ。お前の憑き神は男よりも強いのだからきっとお前を守ってくれるだろう。遅くなってもいいから必ず無事に帰ってくるのだ。」と言った。それを聞いて私も初めて涙を流した。兄は「さあもうどうしようもないのだから急いで急いで」と言った。

 私は身の回りのものを集めて旅仕度を整え泣きながら兄と別れ、外に出た。男が外に出るのに続いて私も外に出て、男は私が付いて来ているかどうか確認するように何度も振り返った。そして舟のところまで行くと、小犬が駆け寄って来て舟に飛び乗った。男は「さあ乗った乗った」というので私は泣きながら舟に乗り込んだ。海をわたって進むと、やがてレプンコタンが前方に見えてきた。私はずっと泣いていたので顔を拭くと、小犬がクンクン鳴いて、それは「もう泣いてはいけないよ」と言っているのだろうと思った。しばらくすると舟は浜に上がった。私は上陸し、小犬も上陸した。一緒に村に向かって歩いていくと、それは大変大きな村であることがわかった。その村の中央に向かって進むと、見たこともないような大きな家があった。男は「この家がそうですよ。外にいないで、私に続いて入りなさい」と言って家の中に入って行った。私も中に入ると、すぐさま食事を出してくれた。小犬は入り口の土間のところで丸くなって寝ている。男は犬のところに行き撫でてやると、「お前の憑き神がお前をここまで来させたのだろうよ。私もお前を大切にするから、私たちのことも守っておくれ。」と言って撫でた。私たちは食事を終えたので今度は犬の食事の世話をし食べさせてやった。すると男はこう言った「この立派な家では寝づらいので、倉で寝ようと思う」と言って寝具のゴザを持って外に出てしまった。私もそれに続いて倉に上っていった。小犬は倉の下に寝床をこしらえているようだった。私はそうして倉で寝たのだが、何も不審に思わなかった。男は「これからはあの立派な家でではなく、この倉で身支度などを整えるががよい」というので私は母屋に行って料理をして食事をした。なにせ初めてのところに来たので土地勘もない、人も知らない。男は「この2、3日は山へ行かずに家にいるとしよう。それから山に行ってたくさん食料をとってくるから」と言った。そして二人で歓談していたのだが、男が言うには「父らは私に6人の妻を娶らせたが、みな服を一つ縫っただけで、殺されてしまったのか、どうしてしまったのかわからず泣いてばかりだったか、お前はヤウンクㇽの女なので憑き神が強くここまで無事に成長してきた。その心づもりでいるがいい。」と言った。そして日が暮れるころ、「明日私はでかけるが、何人かの女に声をかけて差し入れをするように言っておく。お前も一人ではさびしいだろうから。女同士で語り合えば寂しくないだろうから。」私もそれを聞いて喜び、持ってきた針仕事の道具を取り出した。そして女たちはやってきたのだが、彼女ら大変なおしゃべりで、レプンコタンの住人なのでその話をし、私はヤウンクルの女と言っても向こうで女同士で話したり手仕事をしたことがなかったので黙っていた。夕方になったので彼女らは帰っていった。

 旦那は毎日山にでかけ、家には毎日女たちがやってきた。そして語り合っているうちにさびしくなくなったが、それでも心細く思っていた。彼女らは小犬をたいそうかわいがってくれた。やがて2、3日したころ、また女たちが訪ねてきて、針仕事をしていたのだが、そのうち膝が痛くなったので脚を伸ばし、その脚の上に縫っているものを拡げて縫い仕事をしていたのだが、訪ねてきた女たちがそれぞれに外に出てしまい、やがて誰もいなくなってしまった。すると舅夫婦が大きなゴザを持ってやってきて私は脚を伸ばしていたものだからすぐに身動きがとれず、あれよあれよという間にゴザにグルグル巻きにされてしまった。そして私をゴザごと縛り上げたので、声を発することも、動くこともできなくなってしまった。どこに運んでいくのか、私をゆらしながら運んでいく様子だったが、やがて穴を掘ってそこに私を埋めてしまうらしいことがわかった。そうわかっても声を発することもできない。とうとう私は穴に入れられてしまい、上から土をかぶされてしまった。私は長い間そのままでいて、このまま死んでしまうのだろうかと思った。そう思っても泣くことすらできない。ところがやがて土をけずるような音が聞こえてきた。何かゴザの上から犬がひっかくような感じがした。そして掘り終わったのか、今度は紐を噛み切ってほどくような感じがした。体中に巻かれていた紐が次々に噛み切られていく感じがした。そしてゴザを破り開いていく感じがし、目も開けられそうだったので目を開けて見てみると、小犬が私を助け出してくれたことがわかった。そして体をもぞもぞ動かして起き上がれそうだったので穴の中から起き上がった。すると小犬は私の服の端を咥えて私をどこかに誘導しようとする。どうやら私を浜に連れて行こうとしているらしいので、私も導かれるままについて行った。そこには舟が一艘あったのでそれに乗り込み、沖を目指した。ぐずぐずしていると、さっきの人たちに見つかって、私が生きているとわかったら捕まえてまた穴に入れられてしまうと思ったので大変不安だった。舟の中でわたしは突っ伏してしまったが、小犬は私の顔をペロペロ舐めてくれたので安心して、そのうち舟が風を切って進みだした。

 やがて私の兄の水汲みに行く道が前方に見えてきた。私はたいそう喜んで舟をつけ、小犬は真っ先に家に向かって駆け出し、私もその後をついて行った。すると兄は家のなかで布団をかぶって不貞寝してしまっていた。そこへ小犬が駆け込んで来たので兄はたいそう驚き、「一匹で帰ってきたのか。お前の飼い主のわが妹はどうしたのだ」と涙ながらに言っているところに私が駆け込んだので兄は「妹よ」と言って私に跳びついて手をとって無事を喜び合った。私は「これこれこういう事情で、小犬が私を救い出してくれたからこうして兄さんのもとに無事に帰ってこれたのですよ」と話した。すると兄はこう言った。「私は6枚の服を重ね着したレプンクㇽを気の毒に思ってお前を行かせて、その結果お前は恐ろしい目に会ってしまったのだが、お前の憑き神が強いのでこうして無事に帰ってこれたのだろう。」そう言って兄は小犬の労をねぎらい、無事を祝った。それから初めて心の底から安心して料理をして食事をした。兄は「お前にもしものことがあっても私にはそれすらわからないと思い、落ち込んで不貞寝していたのだ。小犬が一生懸命わが妹を助け出してくれたおかげでこうして再会することができた。レプンクㇽが再びやって来てももう二度とお前を行かせたりしない」と兄は言った。

 やがて数日経ったころ、兄が窓から再びレプンクㇽの舟が来るのを見て「きっとお前を探しにきたのだろう。私はもうお前を行かせるようなことを言わないから、お前も決して行くと言ってはならないぞ。」と言った。そしてやってきた人を見るとそれは確かに私の夫だった。やがて舟をつけたようだったが、私は迎えにも行かず、犬だけが駆けていった。夫にまとわりつきながら駆け回っていたようだった。やがて私は家の外に出たのだが、すると「我が妻よ」と言って駆け寄ってきた。そして泣きながら家に入った。そして兄に何度も謝罪の言葉を述べ、頭を下げてこう言った「妻がいなくなってしまったので、どうしたことかと思ったが、小犬も一緒に姿を消したので、きっと小犬が救助してヤウンモシㇼに逃げ帰ってしまったのだろうと思った。それで来て見たのだが、果たして無事にここに戻ってきていた。」と言った。そしてみなで無事を祝いあった。

 夫は何日か逗留して兄と語り合っていて、そろそろ帰るからと夫が言うと、兄はもう懲りてしまったので「わが妹を妻として連れて行くことは断る」と言った。「しかし数日の間でもお前たちは夫婦であったので、それでどうしてもわが妹を妻として欲しいというのであれば、このヤンウンクㇽの土地で一緒に暮らすがよい。そうでなくて再びレプンクㇽの土地に連れて行って暮らすというのであれば断る」と言った。すると夫は兄に何度も拝礼し、「それではこれからヤウンモシㇼにやってきておそばで暮らしとうございます」というので兄も「それで良い」と言った。それを聞いて夫はたいそう喜び、「これから戻って妻が置いてきたものを取ってきます。それからこのヤウンモシㇼで一緒に暮らすことにします」と涙を流して喜んで話した。

 夫は「何日かしたら必ず戻ってくるから」と言って舟に乗り込み、何日かすると果たして夫が舟に乗ってやってきた。舟には荷物をいっぱいに積んでいた。そして兄も手伝って荷物をすべて荷揚げした。その荷物を見た兄は「これは本当に宝物だ。」と言った。荷物をすべて荷揚げし終え、2、3日休むと夫は「妻が身にまとっていたものを倉から下ろさずおいてきてしまったのでそれをとりに行く。それからはもうレプンモシㇼには行かず、ヤウンモシㇼで暮らすから」と言った。何日かするとまたレプンクㇽの舟がついて、それは荷物を運んできた夫だったのだが、てっきり一人でくると思ったら、一人の若者を連れてきていた。そして兄も手伝って荷揚げしてすべての荷物を家の中に運び入れた。すべてが終わって休んでから、夫は兄に向かってこう言った。「この若者は私が出発するときヤウンクㇽの土地で暮らしたいというので連れてきたのだ。この若者が言うには、この若者はもともとヤウンモシㇼで育ったのだそうだ。親兄弟にこのことを話すのも恐ろしいので、どうかこのまま私を連れて行ってくださいというので連れてきてしまったのだ。この者は送り返すつもりで連れてきたのではないのですよ。」と夫が言うと兄は喜び、「これまでは一人ではさびしいと思い一緒に暮らしてきたが、お前ももう一人前だから家を建てて別々に住もう」と言った。そして兄は翌日川上のコタンに行って人手を頼んできた。やがて力持ちの男や女が大勢やってきて、家の本体やら土間やらを作り、2、3日でまず私たちの住む家を兄の家の外に建てた。すると村長がこう言った。「こんな海の近くにわずかな人数住んでいてもさびしいだろうから、うちの村に加わってはどうだろうか」しかし兄は「ここから海を見渡すことができてそれが気に入っているのです」と言って断った。すると村長は、「それでは村人に建材を持って来させるので、あなたの家も作りましょう」と言った。そして私たちの家のあとに兄の家も新築した。村人たちは毎日集まって私たちを手伝ってくれ、立派な家ができあがった。それからレプンモシㇼからやってきた若者のためにも家を建てた。すべての家ができあがると我々は大変喜び、これで遠くからでも我々の村を見つけることができる、と言った。

 やがてこの村に住みたいという夫婦が現れだし、そのたびに家を建てていった。はじめは小さな集落だったが、そのうち村と呼べるほどに家の数が増えていった。人々は兄を村長と呼ぶようになった。やがて兄は妻を娶り、レプンモシㇼから来た若者も妻を娶った。それから酒を作って隣村の人々を招待し、交流を始めた。やがて私は子供をもうけ、兄も、レプンモシㇼからやってきた若者のところでも子供が生まれた。みな子供の誕生を喜んで暮らしていた。やがてみんなの家庭に子供が何人も生まれた。その後私は一度もレプンモシㇼを訪れることなく過ごした。夫は「こうしてヤウンモシㇼにやってきて生活を始めたからここまで繁栄することができた。レプンモシㇼにいたままでは決してこのような繁栄を築くことはできなかっただろう」と言った。やがて年老いてからは若い人に任せて別に家を建ててもらってそこに住むようした。初めは小さな村だったが、今では村の端から端まではかすんでしまって見えないほど大きな村に成長した。兄は村長だったので村のことを、人々のことをめんどうを見た。兄は年上なので先に亡くなり、死ぬ間際に「私はもう年老いて、もうすぐ旅立つが、あとの若い人らは苦労することないように、孫の代までも苦労することのないように言い含めるのだぞ」と言って亡くなった。やがて私も年老いて、夫が先に亡くなり、一番若かったのがレプンモシㇼから渡ってきた若者だったのでその者が後々のめんどうを見た。それから私は「こどもたちよ、ご先祖様を敬うのですよ」と言い残して亡くなったと。

川上まつ子さんの解説:レプンモシㇼの風習では、女性が脚を伸ばして座ると罰せられるという風習があるので、主人公が針仕事をしているとき脚を伸ばしたので、一緒にいた女性たちが外に出て告げ口をし、舅たちが簀巻きにして埋めた。夫が妻に脚を伸ばしてはいけないと伝えていなかった。ただ先妻6人が同じ理由で罰せられて殺されたのかどうかは不明。

 

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