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私は一人娘で父親、母親と三人で生活していました。
父親はどういうわけだか、毎日山に狩に行ってもウサギの一匹も獲れません。母親は春になったら畑を耕して穀物を育て、山菜が出ると山菜を採って干して冬の蓄えにしていました。その合間に川へ行って、魚を捕り、それも冬の蓄えにしていました。だから冬になっても、食べ物がなくて困るということはありませんでしたが、父親は狩りにいっても何も収穫がないことを残念に思っていました。
私は大きくなると、母親と一緒に仕事をするようになりました。一匹でもウサギを捕まえれば、父親が喜ぶのではないかと思い、ある日薪採りに行ったときに罠をあっちこっちに掛けて置きました。しばらくして行ってみると、ウサギが掛かっていて、持って帰ると父親は泣いて喜びました。
そうして、時々ウサギの肉も食べたりして、何を食べたいとも何を欲しいとも思うことなく暮らしていました。ただ、父親が狩で獲物がないために貧乏人だと思われて宴会に招かれず、仲間に加われないのをかわいそうに思っていました。
ある日、薪とりに山に行って帰ってくると、若い男の声がして、父親と話しているのが聞こえました。お客さんがいるので遠慮して入ると、見たことのない若い人が裏返しにした着物を着て、父親と話していました。私が入ると、若者が私に挨拶をしたので、私も挨拶をしました。「川下の村の村長さんの息子さんだっていう人が遊びに来てくれたので、山菜だけでも料理して、泊まってもらいなさい。」と父親に言われたので、ウサギの肉を山菜と一緒に煮ようと思っていると、若者がクマやシカの肉をたくさん持ってきて「これを料理してください。」と自分の傍に置きました。父親の傍に持っていくと父親はたいそう喜びました。
そうしてごちそうになって、その若者が何か言いたそうな様子でいるのに父親が気づき、若者は「私は川下の村長の息子だったけれど、両親はまだ若いときに死んでしまいました。妹と二人で暮らし、その後、村の女性と結婚して一緒に暮らしていたけれど、妻は病気で亡くなってしまいました。それで私はこのように着物を裏返しにしているのですが、いつまでも一人でいるわけにもいきません。ここに娘さんがいると聞きました。一緒にさせてくれれば、ご両親も幸せに暮らせるようにしたいと思っています。」と話しました。父親は話が終わると「自分は貧乏人で村の仲間にも入れず、恥ずかしいと思っています。こんな貧乏人の家の娘を嫁にほしいと言われても、そうするわけにはいきません。」と言いました。しかし、若者も譲りません。父親は黙って考えていて、「それほどまでに言うなら、娘を連れて行ってもいいけれど、その代わりに何かあっても、貧乏の子をもらったがためにという愚痴を一言でももらしたら、それは許せません。それを覚悟なら、連れて行ってもいいでしょう。」と話しました。若者はそんなことは決してしないと約束しました。
そうして、若者は二、三日家にいましたが、その後私たちは若者の家に向かうことになりました。若者の家に着くと、妹がいると話に聞いていたけれど、姿が見えません。しばらくすると、薪を背負って帰ってきましたが、ひどく仏頂面をしています。それから、何日一緒にいてもろくに話しかけてもくれません。ご飯を作っても一緒に食べてくれず、そっぽを向いて食べていました。
そうしているうちに、畑を耕す時期になりました。家の周りは良い土地で、大きな柳の株があるあたりはいっそう土が肥えています。私はそのあたりに種を蒔いたりして過ごしていました。そのころ、夫が山に行くと父親のようにウサギの一匹も獲れないで帰ってくるということが続きました。そんなある日、山から帰ってきた旦那が「貧乏人の娘と結婚したために、自分も貧乏になっていくんだろうか。」と独り言を言っているのを聞いてしまいました。あんなに父親が強く言ったのに、そんなことを言われるなんてと悔しく思って、その日は晩御飯が済むとすぐに寝てしまいました。
そして、翌日夫と妹が出かけてしまった後に、柳の切り株のところに行って、泣きながら自分の気持ちを歌いました。すると柳の枝が擦れあう音がし、それをよく聞くと「人間の魂をつくるカムイがお前の父親に狩の魂を入れ忘れたから、父親は狩ができなくているけれど、お前たちは働き者で食べ物に不自由することなく暮らしているのだよ。お前の夫はどうしてか先の奥さんを亡くし、それから妹は夫にべったりで、間違いをおかしてしまった。そんな状態でお前は嫁に来たから、妹は仏頂面をしていたのだ。そして、夫の狩の魂を女のトイレに入れて、その上から用を足していたので、狩の魂の力がなくなってしまい、獲物が獲れないのだよ。狩の魂はトイレから出してよく洗ってイナウをつければ獲物がとれなくて困ることもなくなるよ。今日は父親のところに行きなさい。夕方になって、お前がいないのを見たら、夫はびっくりして追いかけてくるから、父親には何も言わずにいるのだよ。そして、寝るときになったらこのことを夫に話しなさい。両親をだいじにするのだよ。お前がすぐに戻って来なかったら、私は罰するつもりであるからね。」と言っているように聞こえました。
私は言うとおりに親のところへ行き、私を追って夜にやってきた夫と両親の家に泊まることになりました。そして、寝るときになって初めて柳のカムイから聞いたことを夫に話して聞かせました。「お前を嫁にして帰り、妹の様子が変だとわかってはいたのだが、言うのも嫌でいたので、カムイが私を咎めてお前に聞かせたのだなあ。これからはお前の両親を大事にして、お前も大事にして過ごしていくつもりだ。」夫はそういって謝り、私を抱きしめました。
翌日、「二、三日お父さんのところで待っていなさい」と私を残して夫は行ってしまいました。
二、三日して夫はやって来て「私の妹がそのような悪い心を持っているとは思いもよらなかったのだが、叩いて懲らしめたよ。そして、トイレの中にあるものを取り出して、きれいに洗ってイナウをつけて、山に行くと大きなクマが獲れた。家に置いてあるから、お前を迎えに来たのだよ。」と言いました。
そして、家に帰ると妹が隅の方で苦しんでいました。一緒にご飯を食べようと私は声をかけましたが、二、三日隅で布団をかぶって寝ていました。その後は、起きて来て、私のそばで料理をし、家の中や庭をきれいにしました。
夫はすぐに酒を作り、その酒やイナウで柳のカムイにお祈りしました。そして、肉の良いところをあげて、私も団子をつくると差し上げました。
それから、夫は「別に家を作ってお父さん達に移ってきてもらおう。」と言って、家を建て、立派な宝壇も作って両親を迎えました。そうして、両親ともども食べ物にも着るものにも不自由しない生活をしている間に私たちはたくさんの子どもに恵まれました。
妹は自分から家を出て行って、村の端の粗末な小さな家で暮らし始め、平凡な男性と結婚し、子どももたくさん出来ました。しかし、獲物が獲れないようなので、子ども達をかわいそうに思って、私は食べ物や着るものを持っていってあげて不自由のないようにしました。
そうして暮らしているうちに両親も亡くなり、子ども達も大きくなりました。
今はもうこの世を去るときが来たので、私の子ども達に悪い心を持たずに、柳のカムイを忘れずに大切にして、守ってもらって穏やかに暮らすのだよということを命じて、私はこの世を去ろうとしています。
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