植物編 §302 カシワ カシワギ Quercus dentata Thunb.
(1)kom-ni コムニ 茎 ⦅足寄、屈斜路、美幌、名寄⦆⦅A石狩・十勝⦆
注1.――穂別にKomustuという地名がある。多分kom-us-tu(どんぐり・多い・支山)で、事実昔はその山の上にカシワがびっしり生えていてドングリが大量に取れた。kom、kum、kop、hom等は「団塊」「粒」の意味で、ここではドングリの粒をさしたものと思われる。kom-niはだから「ドングリの粒のなる木」の意味だったであろう。ただし、穂別の日常語では下記のごとくtunniを用いる。
(2)sikomni シコムニ [si(本当の、親の)komni(カシワ)] 年老いた大木をいう ⦅足寄、屈斜路、美幌、名寄⦆
注2.――年老いたカシワの大木を、
「コムニフチ」komni-huci(カシワギの婆さま)
とも言い、女性に考えている。それを別に、
「シリコルカムイ」sir-kor-kamuy(山を・所有する・神)
とも呼び、山歩きする人は非常に崇拝して、そういう大木の傍らを通る時は必ず幣を立てて通る。ただし、女性の神だからそれに捧げる幣は必ず、
「ピンネ・シトゥイナウ」pinne-situinaw(男性の棒幣)
でなければならない。
狩人が山を歩いても少しも猟のない時は、この神にこの男性の棒幣を捧げて幸を授けてくれるように祈る(美幌)。また山中で「サチリカムイ」sacir-kamuy(白いエゾイタチ)を見かけた時は、このエゾイタチは猟運を授けてくれる神であるから決してそれを射ることをせず、やはり男性の棒幣を作ってカシワの老大木のそばに立て、エゾイタチの神に上げて下さいと頼む(足寄)。
(3)ponperokomni ポンペロコムニ [若い茎] ⦅D屈斜路⦆
注3.――冬でも枯れ葉の落ちない若いカシワをpon(子の)pero(みずみずしい)komni(カシワ)、すなわち「みずみずしい子ガシワ」という。それは老大木をsi(親の)komni(カシワ)、すなわち「カシワの親」と称するのに対する呼称である。
(4)tunni トゥンニ 茎 ⦅幌別、穂別⦆⦅A沙流・鵡川・千歳・有珠⦆
注4.――tun-niと分析される。tunは恐らくrumあるいはnumと等しくやはり原義は「粒」の意味でドングリをさしたもの。tun-niは従ってkom-niと等しく「ドングリの粒のなる木」の意味だったと思われる。
(5)tuni トゥニ [<tunni] 茎 ⦅幌別⦆
(6)nisew ニセウ 果実(堅果) ⦅北海道全地⦆
(7)si-nisew シニセウ [si(大きな)nisew(ドングリ)] 果実 ⦅名寄⦆
(8)nisew-itanki ニセウイタンキ [nisew(ドングリ)itanki(椀)] 殻斗 ⦅北海道全地⦆
(参考)果実は多量に採集して干し貯えておき、冬に出して来て歯で巧みに潰して皮をむき、白い身を豆と一緒に煮て油をかけながら杓子でこねる。――それは「ニセウ・ラタシケプ」nisew-rataskep(どんぐり・料理)と言って、冬季の御馳走の一つであった。
また、採りたての果実の皮をむいて灰をとかした水で煮て臼に入れて搗き、「ニセウ・シト」nisew-sito(どんぐり・だんご)というものを作って、それにサケマスの筋子の潰したのをつけて食べた(幌別)。北見でも同じようにして作ったものを「ニセウ・チョッケプ」nisew-cokkep(ドングリ・餅)と言った(美幌)。母乳不足の際、干し貯えてあったこの果実を粉にして水に溶いて赤児に吸わせた(幌別)。
この樹の内皮の煎汁をクルミの場合と同様に用いて(→§313参照)物を黒色に染めるのに用いた(幌別)。