山地や林内に生えるシナノキ科の高木です。
アイヌ文化では、この木の内皮から糸を作り着物を織ります。初夏の頃、若木の樹皮を剥ぎます。糸にする前に樹皮を数日間水につけておくか、または灰と一緒に煮て、その後内皮を細かく裂いて糸にします。総じてシナノキで作る糸や縄は丈夫なので、生活の中の様々な場面で使われます。
そしてシナノキは材としても固く良いもので、海漁のときカジキマグロの鼻先のつので刺されても舟が割れないよう、舟底をシナノキで作ったといいます(胆振地方)。
シナノキの葉
シナノキの幹(9/20)
アイヌ語辞典
植物編:植139(1)
アイヌ語名:ニペシ nipes
語義:[ni(木)pes(もぎとった裂皮)]
地域・文献:⦅長万部、虻田、有珠、室蘭、幌別、穂別、千歳、沙流、名寄⦆
区分:内皮、またはそれから取った繊維
アイヌの伝承
物語や歌など
シナ皮を背負ったクマ
私は長者で、立派な女性と結婚して暮らしていました。ふたりとも働き者で何不自由ない暮らしをしていましたが、ただひとつ子どもがないことだけを寂しく思っていました。
(ここからその妻が語る)
ある時夫に言われて、冬支度の縄をなう材料となるシナノキの皮をたくさんはぐために、ひとりで山へ出かけることになりました。山で夫に教えられた場所に、ちょうどはぎ頃の若いシナノキの林があったので、そこで皮はぎをし荷物をまとめ、ふと目の前にある深い谷の底のほうに目をやると、なんとクマが私のほうに向かって登ってくるではありませんか。
そのクマといったら、体中に毛が全く生えておらず、異様な姿をしていて大変気味が悪いのです。どこに逃げようにも暇を与えられないように思って立ちすくんでいると、クマはもう私に手が届くところまでやってきました。そこで私は、シナノキの皮をまとめた荷物を思い切りけり落としました。するとクマは、その荷物を抱えたまま悲鳴をあげて川の底に落下していきました。あたりは静かになりましたが、私は恐ろしくて泣きながら、家に帰るときもクマがどこかで先回りしているような気がして恐ろしくてならず、木の陰に隠れながら家まで戻ってきました。神様に祈りながら一晩ひとりで過ごし、翌日夫が猟から帰ってきたので、前の日のことを話しました。夫はひどく驚きあきれて、怒りながら祈りの儀式をしました。
その翌日、夫がクマの落ちたあたりを見に行くと、あのクマがシナノキの荷物を抱えたまま死んでいたということでした。夫は腹が立ったので、クマの頭を腐れ木の上に置いて帰ってきたといいました。
その夜見た夢には、げっそりとやせた、真っ直ぐな髪のみずぼらしいじいさんが出てきて、今にも死にそうな様子でこのように言いました。「これ人間の娘よ、私は山すそのクマじいさんである。クマたちは人間の村に遊びに行って帰ってくると、あなたたちのことばかりを褒めるので腹を立てて暮らしていた。そして神々にもけしかけられたので、私の意向であなたたちを引き離し、あなたが一人になったところを襲うつもりでいたが、逆襲されて死ぬことになってしまった。でもあなたたちが私をあわれみ、私が今まで通り神の末席にいられるように言葉を添えてくれたならば、今後はこのような悪さはせずに、あなたたちの背後について、子宝にも恵まれるようにしてあげよう。悪い神を悪いままにしておくと恐ろしいのだから、どうかそのようにしておくれ」
朝起きると夫も同じ夢を見たようで、怒りながら出かけていき、あの悪いクマに木幣と酒粕を捧げて神として送ってやったのだと言いました。
その夜また夢を見ました。あのみずぼらしいじいさんが髪を切りそろえ、笑いながら私に向かってお礼を言っている夢でした。それからしばらくすると、子宝に恵まれました。子供たちに「儀式のときは一番先に山すそのクマじいさんに祈るようにしなさい」と教えて年を取って死んでいくのですと、オタスッの村長の妻が物語りました。(安田千夏)