植物編 §297 オヒョウ オヒョウニレ Ulmus laciniata Mayr
(1)at アッ 樹皮、及びその内皮から取った繊維 ⦅全北海道⦆
注1.――ひもをatという。この樹皮を裂いてひもに使ったからそれでこれをatというのであろう。
(2)at-ni アッニ [atを取る木] 茎 ⦅全北海道⦆
(3)ah アハ [<at] 樹皮、及びその内皮から取った繊維 ⦅白浦、真岡⦆
(4)ah-ni アハニ [<at-ni] 茎 ⦅白浦、真岡⦆
注2.――北海道北部(近文・美幌・屈斜路)でも[’ah-ni][’aç-ni]と発音されることがある。
(5)opiw オピウ 樹皮 ⦅白浦⦆
注3.――日本語のオヒョウはこれから出たのである。
(参考)樹名は樹皮に基づいている。すなわち“楡皮をとる木”の義である。楡皮を取ることをat-kar、あるいはah-kara[楡皮を・取る]、at-ke[楡皮を・削る]、ah-keh[<at-kep楡皮を・かじり取る]等と言い、それにちなんだ地名が北海道にも樺太にも多く見出される。アイヌの衣服の主要な原料たる楡皮採集は、アイヌ生活における重要な行事の一つであったからである。春の雪解けの頃、北海道では男も女も、樺太ではもっぱら男が、わざわざこれを採取するために山に出掛けて行き、立木から剥ぐ。剥ぐ時は木の神に酒や幣を捧げる。これを取る時には幹の根もとにナタ目を入れ、それへ両手を差し込んで一気に上方へ剥き上げるのである。ただし、樹を裸にしないという意味で皮の半分は剥がさずにおく。剥いだのは取り、内皮だけ持ち帰って、北海道では温泉、あるいは沼、樺太では海水に浸して、そのまま十数日間放置しておく。するとどろどろになって繊維質ばかり残るから、それを取り出してよく水洗いして干し竿に掛けて乾かすのである。地名に「楡皮を浸しておく所」(at-woro-usi)とか、「楡皮を乾す所」(at-satke-usi)とかあるのは以上の工程を示すものである。
美幌では、屈斜路湖畔の池の湯(at-horo-to オヒョウの樹皮を・漬けておく・沼)に持って行って、1週間くらい漬けておく。それ以上漬けておけば腐れるからだめだという。1週間くらいでonして(やわらかくなって)一枚一枚半紙のように剥がれる。ただの沼にも漬けることがある。これも1週間くらい。ただし、温泉に漬けたものが白く出来上がるのに対して、沼に漬けたものは出来上がりが黒っぽいということである。鵡川では、沼に3週間くらい漬けておくという。
繊維は、乾くと皮が一枚一枚薄紙をはがすように剥がれるから、それを細かく裂いて、一本一本指の先で縒りをかけながら繋ぎ合わせて、大たらいの中に溜めて行き、それがいっぱいになったら、今度はそれで糸玉をいくつもいくつも作っておいて、それから厚司を織りにかかる。厚司をattus(北海道)あるいはahrus(樺太)というのは、多分at-rus(楡皮・衣)の義であろう。
オヒョウの樹皮を剥ぐ時、先の方で木について残った繊維をat-pokin-toyと言い、これは丈夫なので、糸に使ってyuk-keri(鹿皮の靴)を縫うのに用いた(美幌)。