動物編 §268 イヌ
(1)seta セタ ⦅北海道、樺太、千島⦆
注1.――北海道の北東部(北見、釧路、十勝)では日常会話の言語はsitaであるが、雅語はやはりsetaを用いる。
注2.――千島では次のように報告されている。a)‘sita’⦅Torii,p.150⦆. b)‘sheta’⦅ibid., p.122⦆
注3.――KLAPROTHはカムチャツカのアイヌ語として‘stahpu’をあげている⦅ASIA POLYGLOTTA⦆。これは明らかにseta-po(-poは指小辞)のなまりである。
注4.――この語は、これまでは、ただ‘犬’とだけ訳されてきたが、くわしく見れば次のような、いろいろな用い方がある。
a)犬の総称として用いる。
b)カラフトでは雄犬をさす。たとえばseta雄犬(E.‘dog’), mah-seta 雌犬(E.‘bitch’‘slut’)。
c)カラフトの多来加では4歳以上の雄犬をさす。たとえば、
posta 1歳の小犬
irpa-cap 2歳の若い犬
tupa-cap 3歳の若い犬
seta 4歳以上の雄犬
mat-seta, mas-seta 4歳以上の雌犬
(2)sita シタ ⦅北見、釧路、十勝⦆
注1.――千島でもこの形が用いられた。‘shita’⦅Torii, p.120⦆。
注2.――日常会話の言語にsitaを用いる地方でも、古くはsetaであったらしく、地名や雅語の中ではその形を用いることがある。Cf.Nagata, p.298
(3)reyep レイェプ [<reye(這う)-p(もの)、‘這うもの’(犬はあまえるとき地面をはいながら人間に近づくのでこの名がある)] ⦅北海道⦆【雅】
注.――日常会話に用いればていねいの意味があらわれ、kamuy(神)をそえてreyep-kamuyなどともいわれる。
(4)rewep レウェプ [<rewe(這う)-p(もの)] ⦅足寄⦆
注.――rewep-kamuyとも言われる。sitaと言うよりはていねいな言い方である。次のように用いる : okkay-rewep(=okkay-sita)雄犬、hure-rewep(=hure-sita)赤犬、kunne-rewep(=kunne-sita)黒犬、pururke-rewep(=pururke-sita)むく犬、sirki-o-rewep(=sirki-o-sita)ぶち犬。
(5)apacampe アパチャムケ [<apa(戸)ca(そば)un(にいる)-pe(もの)、‘戸口のそばにいるもの’] ⦅美幌、白浦⦆
(6)apa-ca-punki アパチャプンキ [<apa(戸口)ca(そば)punki(番人)] ⦅美幌⦆
(7)apa-punki アパプンキ [<apa(戸口)punki(番人)] ⦅美幌⦆
(8)nimakitara ニマキタラ [<nimaki(その歯)tara(あらわす)、‘歯をむきだすもの’] ⦅幌別⦆
注.――「けだもの・ことば」とでも名づくべき特殊語。けだものたちは、犬を「セタ」と呼ばずに「ニマキタラ」すなわち「歯をむきだすもの」と呼んでこわがっている⦅Y.Chiri, p.117, note3⦆
(9)woywoy ウォイウォイ [<(鳴き声)] ⦅白浦、相浜⦆ 死んで神になれば‘セタ’と言わずに‘こう’言う。
(10)posta ポシタ [<poy-sita<poy-seta<pon-seta(小さい・犬)] ⦅北海道、樺太⦆ 小イヌ、1歳の小イヌ、まだ冬を越さぬ小イヌ⦅S.多来加⦆
(11)irpacap イリパチャプ [<ir-pa-ciya-p(ひと・きせつ・冬を越した・もの)] ⦅多来加⦆ 2歳のイヌ、一冬を越したイヌ
(12)tupacap トゥパチャプ [<tu-pa-ciya-p(ふた・きせつ・冬を越した・もの)] ⦅多来加⦆ 3歳のイヌ、ふた冬を越したイヌ
(13)cocopo チョチョポ [<coco(イヌを呼ぶ声)-po(指小辞)] ⦅近文⦆ 小イヌ
(14)pinne-seta ピンネセタ [<pinne(雄の)seta(イヌ)] ⦅北海道、樺太、千島⦆ おすイヌ
(15)matne-seta マッネセタ [<matne(めすの)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ めすイヌ
注.――北海道の北部(近文、北見)、釧路などでは、matneは、ふつうには[matne]と発音されるが、まれに[mahne]あるいは[maçne]と発音される。
(16)mah-seta マッセタ [<mat(おんな)seta(イヌ)] ⦅白浦、鵜城⦆ めすイヌ
(17)mas-seta マシセタ [<mah-seta<mat(おんな)seta(イヌ)] ⦅白浦、新問、多来加⦆ めすイヌ
(18)mahne-seta マハネセタ [<matne(めすの)seta(イヌ)] ⦅多蘭泊、真岡⦆ めすイヌ
注.――mahneは、ふつうには[mahne]と発音されるが、まれに[maçne]または[majne]とも発音される。
(19)manne-seta マンネセタ [<mahne-seta<matne(めすの)seta(イヌ)] ⦅多蘭泊、真岡⦆ めすイヌ
注.――Cf.‘manne sheta’⦅K.――TOrii,p.122⦆。
(20)ahkoh-seta アハコホセタ ⦅相浜、白浦⦆ おすイヌ
注.――特殊語。tu-itahと称する昔話の中で使う。
(21)otuyu オトゥユ ⦅相浜、白浦⦆ めすイヌ
注.――特殊語。tu-itahと称する昔話の中で使う。
(22)hure-seta フレセタ [<hure(赤い)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ あかイヌ、茶色のイヌ
注.――樺太ではhuré-setaのようにアクセントが違う⦅白浦⦆
(23)kunne-seta クンネセタ [<kunne(黒い)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ くろイヌ
注.――樺太ではkurasno-seta、またはkuraçno-setaという。kurasno、kuraçno=kunne。
(24)retar-seta レタラセタ [<retar(白い)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ 白イヌ
注.――樺太ではretara-seta、またはtetara-seta。
(25)keso-seta ケソセタ [<‘まだらのある・イヌ’、kes(斑紋)o(ついている)] ⦅北海道⦆ ぶちイヌ
(26)mana-us-seta マナウシセタ [<mana(灰ほこりの)us(ついている)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ 灰色のイヌ
(27)tunro-seta トゥンロセタ [<tunro(虎ふのある)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ とらイヌ
(28)hepur-seta ヘプルセタ [<hepur(むく毛のある)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ むくイヌ
(29)tusiko-seta トゥシコセタ [‘ふたつ目のある犬’<tu(ふたつ)、sik(目)o(ついている)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ 左右の目の上に一個ずつ星の模様のついている犬、いわゆる‘四つ目の犬’
(30)hecimi-o-seta ヘチミオセタ [‘頭髪をまん中から分けた犬’<hecimi(髪をまん中から分ける、まん中から分けた髪)o(ついている)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ 前額部にあたかも頭髪を分けたような模様のついているイヌ
(31)otuy-seta オトゥイセタ [‘尾のきれた犬’<o(尾)tuy(きれる)seta(イヌ)] ⦅北海道⦆ 尾がちぎれたように短い犬、または、尾のまったく無い犬
注.――こういうイヌは、あまり尊ばれない。だから、ごくくだらない人間をたとえて「オトゥペ」(o-tuy-pe 尾のきれた・奴)という⦅Cf.Y.Chiri,p.14, note 9⦆。口承文芸の中に次のような悪口の定句がでてくる;
acikara-ta いまいましいな
ayakanna-ta にくらしいな
a-wen-(maci) おらが(かかあ)のa-otuy-ike! ばかやろーめ!
この「オトゥイケ」(o-tuy-ike 尾の・きれた・の)も、「オトゥイペ」と同じく、‘つまらない奴’‘下等な奴’の意味で、もとは「オトゥ・セタ」すなわち‘尾の無い犬’をさした語である。
(32)taytay-seta タイタイセタ ⦅白浦、相浜⦆ ぶちイヌ
(33)hohciri-koro-seta ホホチリコロセタ [hohciri(ホホチリを)koro(もっている)seta(イヌ)] ⦅樺太⦆ 前額部に三角形の模様のある犬
注.――樺太では男児は3、4歳から13、4歳まで前髪にhohciriというものを結び下げる。それは三角形の小布に青玉などをいっぱいに縫いつけた美しい髪飾りである。その子が初めて鳥を射落とした時は、この髪飾りを取り去るのであり、そうなって初めて一人前の顔ができるのである。鳥を射当てることができなければ、いつまでもそれをぶら下げていなければならず、それをぶら下げている限りは、いつまでも肩身の狭い思いをしなければならないので、どの子も弓矢のけいこには、真剣になるのである。
(34)mintar-us-kur ミンタラウシクル [<mintar(庭)us(においでになる)kur(神)] ⦅美幌⦆ 【雅】
(35)sita-kosumpu シタコスンプ [<sita(犬)kosumpu(ばけもの)] ⦅美幌⦆ ぶち犬
注.――keso-setaのこと。こういう犬は不吉だとしてきらわれる。
(36)ok-kari-kesoma-sita オッカリケソマシタ [<ok(えりくび)kari(のまわりに)kesoma(斑紋のある)seta(犬)] ⦅美幌⦆ 首のまわりに白い輪の模様のついている犬
注.――こんなのも不吉だとされる。
(37)mohku モホク [むく犬の‘むく’か] ⦅白浦⦆ 【雅】犬
(38)enanumaus-sita エナヌマウシシタ [<e(上端の)nan(顔)numa(毛)us(だらけの)sita(犬)] ⦅美幌⦆ 顔の上半分の黒い犬
注.――wenkamuy-sita(悪魔・犬)とも言い、獲物を見てもかかって行かぬからこういう犬は飼うものではないとされている。
(39)pa-ikiri-kor-sita パイキリコロシタ [<pa(頭)ikiri(の線を)kor(もつ)seta(犬)] ⦅美幌⦆ 頭髪を分けたようにまん中に筋のついている犬(これは別に凶相ではない)
(40)parumpe-kunne-turkes-o-sita パルンペクンネトゥルケソシタ [<parumpe(舌に)kunne(黒い)turkes(ほくろ)o(ある)sita(犬)] ⦅美幌⦆ 舌に黒い点々のついている犬(こういう相の犬は良犬とされている)
(41)parumpe-etukka-sita パルンペエトゥッカシタ [<parumpe(舌を)etukka(突き出している)sita(犬)] ⦅美幌⦆ こういうのは不良犬とされている
(42)ekitruoma-seta エキッルオマセタ [<e(その)kip(額に)ru(縞が)oma(ついている)seta(犬)] ⦅名寄⦆ 額の所まで鼻すじの通っている犬
(43)etu-retar-seta エトゥレタラセタ [<etu(鼻)retar(白い)seta(犬)] ⦅名寄⦆
(44)etu-kunne-seta エトゥクンネセタ [<etu(鼻)kunne(黒い)seta(犬)] ⦅名寄⦆
注.――こういうのは良犬とされている。