アイヌと自然デジタル図鑑

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アイヌ語辞典

動物編 §270 キタキツネ、きつね

(1)cironnup チロンヌプ [<ci(我々が)ronnu(どっさり殺す)-p(もの)、‘我々がどっさり殺すもの’‘えもの’‘けだもの’] ⦅胆振日高釧路白糠)、十勝⦆ その他、日常語として用いなくとも、文芸語として用いる部落は方々にある。例えば近文・屈斜路など。Cf.‘kem-cironnup’「血のような色をしたキツネ」(屈斜路:Sarashina. p.118)。‘cironnup-kotan’「キツネ・村」(釧路にある地名:Nagata.p.329)
 注.――この語は、今一般にキツネをさすが、もとはもっと意味がひろく、村のうしろの野山でどっさり取れたケダモノ類、――キツネばかりでなく、エゾタヌキや、エゾテンや、エゾイタチや、ウサギや、カワウソや、シマリスなどをもさし、またイルカをもさしたらしい。語源がそれを示しているし、次のような合成語の中にももとの意味が残っている。
 (a) ruo-cironnup<ru(縞)o(ついている)cironnup、‘縞のついているケダモノ’すなわち‘シマリス’
 (b) worun-cironnup<wor(水)un(にいる)cironnup、‘水にいるケダモノ’すなわち‘カワウソ’
 (c) pon-cironnup<pon(小さい)cironnup、‘小さいケダモノ’すなわち‘エゾテン’
 (d) upas-cironnup<upas(雪)cironnup、‘冬になると雪のように白くなるケダモノ’すなわち‘エゾイタチ’
 (e) moyuk-cironnup<moyuk(エゾタヌキ)cironnup、‘エゾタヌキであるところのケダモノ’すなわち‘エゾタヌキ’⦅礼文⦆。単にcironnupとだけ言ってエゾタヌキをさした例もある。北見国紋別郡に「チロンヌプセトゥシナイ」(cironnup-set-us-nay‘ケダモノの・おりの・ある・沢’)という地名があり、永田方正氏は「貂欄ノ沢」と解釈し、「古ヘ老媼アリ貂ヲ欄内に畜ヒシ処ナリトアイヌ云フ」と注している⦅Nagata, p.456⦆。
 (f) hurep-cironnup<hurep(キツネ)cironnup、‘キツネであるところのケダモノ’すなわち‘キツネ’⦅礼文⦆
 (g) terke-cironnup‘はねる・えもの’すなわち‘イルカ’(『もしおぐさ』)
 (h) retat-cironnup‘白い・えもの’すなわち‘ウサギ’⦅屈斜路⦆

(2)sumari スマリ ⦅天塩近文、樺太全域⦆
 注1.――‘sumare’「狐」‘kunne-sumari’「黒狐」⦅ウエハラ・ユウジロウ:『もしおぐさ』⦆
 注2.――hure-sumari「赤いキツネ」;kunne-sumariまたはkurasno-sumari「くろいキツネ」⦅白浦⦆
 注3.――この語は、昔はかなりひろい範囲に用いられたのではなかろうか? 地名がそれを思わせる。北海道の西南部の地方にも次のような地名が残っている。
 (a) 胆振国山越郡:「シュマリプイウシ」(Sumari-puy-usi‘キツネの・穴が・たくさんある・所’)
 (b) 日高国沙流郡:「シュマリウコッ」(Sumari-ukot‘キツネ・交尾する’)
 (c) 後志国島牧郡:「シュマリプイ」(Sumari-puy‘キツネ・穴’
 (d) 石狩国雨竜郡:「シュマリナイ」(Sumari-nay‘キツネ・沢’)
 注4.――胆振国幌別の老人たちは、キツネの大将の本当の名としてsumari-samaあるいはsumari-sapaという語を記憶している。

(3)kimotpe キモッペ [<kim(山)ot(たくさんいる)-pe(もの)、‘山にたくさん住んでいるケダモノ’] ⦅屈斜路
 注1.――この語は、いま次の二つの意味に用いる:
 (a) 海のケダモノに対して山のケダモノをさす。すなわち
  kimotpe⦅北海道⦆,kimohpe⦅樺太⦆山のケダモノ
  repotpe⦅北海道⦆,repohpe⦅樺太⦆海のケダモノ
 (b) 山のケダモノの中でも特にキツネをさす。
 注2.――北海道の胆振及び日高の沙流地方の叙事詩の中で、夏のキツネをsak-kimotpeと言っている。Cf.Kindaichi, YNK, pp.368, 836.
 注3.――Klaprothの“Asia polyglotta”S.306にKamcatkaのアイヌ語として‘kymothpeh’をあげている。

(4)hurep フレプ [<hure(赤い)-p(もの)‘赤いケダモノ’] ⦅礼文⦆ Cf.「フーレツプ」⦅もしおぐさ⦆

(5)hurep-cironnup フレプチロンヌプ [<hurep(キツネ)cironnup、‘キツネであるところのケダモノ’] ⦅礼文

(6)situmpe シトゥンペ [<situ(山)un(にいる)-pe(もの)、‘山にいるもの’] ⦅北海道全地域、S多蘭泊
 注.――この語はキツネに対する敬称である。キツネの中でも、アイヌにもっとも尊ばれるのは、クロキツネなので、この語を特にクロキツネの意味に用いることが多い(Cf.Y.Chiri,46,注4.『もしおぐさ』:くろキツネ、「シトンビ」)。くろキツネを、ふつうには「クンネ・シトゥンペ」という。

(7)paykarmatumpe パイカラマトゥンペ [<paykar(春)matun(交配する?)-pe(もの)] ⦅幌別⦆ 春のキツネ

(8)sakkimotpe サッキモッペ [<sak(夏)kimotpe(山のケダモノ)] ⦅胆振日高
 注.――Cf.(3)注1,2,3.

(9)kemakosnekur ケマコシネクル [‘足の軽い神さま’<kame(足)kosne(軽い)kur(神)] ⦅北海道⦆ キツネの神としての名

(10)kematunaskur ケマトゥナシクル [‘足の早い神さま’<kema(足)tunas(早い)kur(神)=kemakosnekur] ⦅北海道⦆

(11)sekuma-sarkes-wa-aca-ne-kamuy セクマサラケシワアチャネカムイ [<sekuma(山の)sarkes(はし)wa(で)aca(長老)ne(になっている)kamuy(神)] ⦅樺太⦆ キツネ神の首領:【雅:Pilsudski,p.214】

(12)sikuma-kes-unkamuy シクマケスンカムイ [<sikuma(山)kes(はし)un(の)kamuy(神)] ⦅樺太⦆ 【雅:Kindaichi,KKI,p.146】

(13)ke(y)sasi-koro-kamuy ケイサシコロカムイ [<keysasi(?)koro(もつ)kamuy(神)] ⦅樺太⦆ キツネの神名【雅 : Kindaichi,KKI,pp.12,113】

(14)cawcaw チャウチャウ [<caw(キツネの鳴き声=北海道paw)] チシマキツネ(Vulpes anadyrensie splendidissimus Kishida)

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