日本語名:イケマ
アイヌ語名:イケマ、ペヌプ
利用:食用、薬用、祈り
植物編 §074 イケマ Cynanchum caudatum Maxim.
(1)ikema イケマ [i(それ)-kema(の足)] 根 ⦅日常語――北海道・樺太⦆
注1.――kamuy-kema(神の足)の義であろう。kemaはよく草の根をさす。
(2)sinrit シンリッ [sinrit(根)] 根 ⦅美幌⦆
注2.――北見国網走郡に「シンリトナイ」という地名がある。蝦夷語地名解には見えないが、sinrit(イケマの根)-o(たくさんある)-nay(沢)の義である。
(3)penup ペヌプ [pe(汁)-nu(持つ)-p(もの)] 根 ⦅雅語――北海道⦆
注3.――ikemaを日常語に用いる所ではpenupを雅語に用いるが、美幌・屈斜路などでは日常語にpenupを用い、雅語にはsinritを用いる。
(4)ikema-cippo イケマチッポ [イケマの・小舟] こっとつ(袋果)の果皮 ⦅幌別⦆
(5)penup-epuy ペヌプエプイ [イケマの頭] こっとつ ⦅美幌⦆
(参考)この根はアイヌ生活にとって、きわめて重要な意義を有していた。アイヌはこの根を食べたが、またそれに猛毒があることも知っていた。
まず、その根を炉の熱灰の中に埋めて焼いて食った。また、根を掘って来たらよく洗って、鍋底に箸を敷き、その上にそれを並べて煮た。ただし、猛毒を有するので食べ過ぎることのないように警戒した。親指くらいの太さの9〜12cmくらいの長さのものを二つも食べれば中毒を起こす。中毒することをhoski(幌別)yoski(屈斜路)というが、いずれも原義は「酔う」ということである。
一般に、「タンパ・ケヤッ」tan-pa keyat(年内に掘った根)はいいが、「イヤ・ケヤッ」riya keyat(越年した根)は危ないとされていた。また、焼いたり煮たりしたのを指の中で絞って見て、「イルプ」irup(澱粉)のはみ出るのはいいが、「ペヘ」pehe(それの液汁)の出るのは不良だとされていた。
中毒を起こしたら、幌別では、患者の両手を持って走らせたり、頭の毛を禿げるほどむしり取ったり、人糞を食わせたりした。
美幌では、「ペウレプ・ヨシキ」pewrep yoski(イケマに中毒)したら、「オイッセカ」oisseka(酔をさます)と言って、患者の両手を取って、
penup tampu イケマの栓よ
hee tampu おおその栓よ
hee mawe 吐く息とともに
hee hasi すぽんと抜けよ
と歌いながら、激しく踊り回った。屈斜路でも、イケマに酔った者(penup yoski-p)を眠らせたらそれっきり死んでしまうというので、患者をつねったり叩いたり、両側から患者の腕を取って持ち上げ持ち上げ、
penup tampu イケマの栓よ
hee tampu おおその栓よ
hee mawe 吐く息とともに
hee hasi すぽんと抜けよ
と歌いながら、汗だくで踊った。
イケマは、それを食べた人の大便でさえも、犬が食うと死ぬという。それほど猛毒を持ち、人や犬を中毒させたり、死なせたりするので、アイヌは、この植物に偉大な霊能を認め、きわめて種々の呪法に用いたのである。
例えば、それを悪魔ばらいに用いた。山や沖へ行く時は、必ずそれの乾燥したのを携行し、それを噛んで頭や胸につける。すると魔神は恐れて近づかぬとされていた。
白浜では、沖狩に出て獲物を見かけたら、それを撃つ前に、これを噛んで吹き付けながら、次のように唱えた。
e-sampekoro 汝どんなに気が強か
anahkayki ろうとも
tan kusuri nampe この薬は
ahkari yuhke ram それ以上強い気を
koro koyakus-pe 持てぬものだ
こう唱えれば、どんな荒い獣でもおとなしくなるものだという。
幌別では、この根をikemaともpenupとも言うが、前者は日常語で、後者は沖詞である。佐藤三次郎著「北海道幌別漁村生活誌」(p.60)の中で、アイヌの漁師がこう言っている。“沖にいる間は……イケマのことはペヌプ(penup)というんだ。今俺考えてみると、このペヌプっていうのは、水の中で効くもの、っていう意味なんだな。”また同書(p.63)に、カジキマグロを銛で突いた後、その綱にイケマをかじってプウッと吹きかけてやることが書かれている。この地方では、沖狩に出て獲物を銛で突きとめたけれども、それが猛烈に荒れ回る時は、イケマを水で噛んで霧を吹きながら、
sumumke 早く死ね!
sumumke 早く死ね!
と呪詛をかけた。
天気直しの呪法――北海道南西部では「シラシケ」siraske、北海道北東部及び樺太では「シラシカ」という――にもこれを用いた。例えば、イケマを薄く切ってその薄片を串にさし、その一方の面を黒く焦がして、それを風の吹いて来る方向へ向けて立てておくと風が止むと信じていた(幌別)。
樺太では、沖に出て時化に遭った時、これを噛んで、
e-ramu お前の心を
an-rayke 殺したぞ!
と唱えて吐き出せば、風波も止み、雲霧も収まると信じていた(真岡)。これも風伯の気を殺ぐのである。この信仰がアイヌの説話の上にも影を落としていて、アイヌ神謡の中に、人祖神オキクルミがイケマの小弓と小矢で北風の魔を懲らす話が出ている(金田一京助、アイヌの神典、p.134〜5)。
また、これは人の気をも鎮める力を有している。例えば誰か怒っている人の所へ行く際は、その家の近くまで行ったらイケマを噛んで、密かにその人の名を呼びながら、
e-ramu お前の心を
an-rayke 殺したぞ!
と唱えて吹き付ける(epuruse)と、相手の気は鎮まっているものだという(真岡)。
病魔を退けるためにも盛んに用いた。悪疫流行の際は、ギョウジャニンニクとこのイケマに削り花を添えて、ハマナスの木に結び付け、入口に立てた。また、ギョウジャニンニクとイケマを少量ずつ木綿の布に包んで、子供の着物の衿首に縫い込んだり、あるいはpenup-rekutumpe(イケマの首飾)と言って、イケマだけ丸く玉にして真中に穴をあけて糸を通し、首から下げたり、衣服の胸に縫い下げたり、老婆はikema-e-pa-sina(イケマ・で・頭・縛る)と言って、イケマを輪切りにしたものを鉢巻の中にたたみこんだり、首飾りなどに縫いつけたりした(名寄、白浦)。
penup-rekutumpe(イケマの首飾)というのは、悪疫流行の際子供等が首から下げるもので、inaw(削り花)で縄をなってイケマを通し、そのイケマが胸の辺りに来るようにして子供の衿首の所で結ぶものである。用済みになったらしばらくの間枕(mukru、cieninnuype)の間に入れておき、やがて火の神へ戻すと言って炉の中へ入れて燃やしてしまう(名寄)。
また、これを噛んで病人に吹きかけたり、家の内外に霧を吹いて回ったりした。心がけのいい老婆などは、悪疫流行の時は、毎晩欠かさず家の周囲を吹いて回った。そういう際は必ず唱えごとをするものであるが、次にその一例を示す(幌別)。
nep reraha どんな魔の風
nep taskori どんな魔の気が
an wa ne yakka 襲って来ようとも
hura-ruy-kina 臭の強い草
e-ne ruwe ne のあなたです
e-kor hura あなたの臭
hura mawehe 臭の風を
tapan casi この家から
puray kari 窓から
apa kari 戸から
e-sanke hine 吹き出させて
nep mawehe どんな魔の風
nep taskori どんな魔の気が
an wa ne yakka 襲って来ようとも
tapan casi この家
e-haytare に近寄らせず
tuyma mosir 遠い国
sisam mosir 異人の国
ko-oputuye ! に追いやって下さい!
腹痛や下痢の際、あるいは虫下しには、少量を生のまま噛んで飲み、頭痛の際は焼いて布に包んで鉢巻にし、眼病(眼を打ったり開かなかったりする時)には、寝る前に噛んでまぶたにつけて寝た。濃く煎じて傷を洗うと化膿しなかった。虫歯の痛みにもこれを噛んだ。
また、馬の薬になるとも言われているが、これは、イケマがたまたま「生け馬」に通じる所から、日本人がこれを馬の薬であるかに言い伝え、その信仰がアイヌに輸入されたものであるらしい。
これを悪用するものもあった。例えば、悪い女などは、男に会った時、密かにこれを噛んで男の一物に塗りつける。そうすると男は“陰萎になる”(oray、o陰部、ray死ぬ)という(真岡)。北海道でも、男の座る所あるいは寝ている床の下にこっそりこの根を入れておくと、陰萎するという(名寄)。
このように偉大な霊力を有するので、所によっては「ペヌプカムイ」penup kamuy(イケマ神)などと崇められ、どんなアイヌでも、どこの家でも、必ずこのイケマは乾し貯えておき、旅行に出る際にも忘れずに持って行ったのである。この蓇葖(こっとつ=袋果、英 follicle)は成熟後開裂して舟形を呈するので、子供らはそれを採って、小舟(cippo)だと言って水に浮かべて遊んだ(幌別、美幌)。ikema cippo[イケマ小舟]というのは、この遊戯に基づいた名称である。
こっとつ内の綿は傷薬にした(美幌)。