植物編 §127 ヒシ Trapa natans L. var. bispinosa Makino
(1)pekampe ペカンペ [pe(水)ka(の上)un(にある)pe(もの)] 果実 ⦅北海道各地⦆
(2)kisara-tarara-pekampe キサラ・タララ・ペカンペ [kisara(その耳を)tarara(立てている)pekampe(ヒシの実)] 果実 ⦅A千歳⦆
(3)ni-tarara-pekampe ニィ・タララ・ペカンペ [ni(その歯)tarara(むいている)pekampe(ヒシ)] 果実 ⦅A空知⦆
(参考)果実は茹でて乾燥し、あるいは初め天日で生乾きにしてから炉の上の棚の上で乾燥し、貯蔵しておいて、食べる時には小刀あるいは歯を使って皮をむいて(そうすることを美幌ではpekampe-na-an[われら菱の実をむく]という)、菱の実の粥を作る(それを美幌ではpekampe-tettep、幌別ではpekampe-sayoという“菱の実・がゆ”の義)。その粥の中に、ギョウジャニンニクの乾した葉を刻んだものやオオウバユリの根をついて乾し固めたものを砕いて入れて炊いて食べたり、あるいは菱の実をゆでたのをそのまま皮をむいて食べたりした(幌別)。
釧路の塘路のコタンでは、菱の実が実る頃になると、「ペカンペ祭」というものを盛大に行い、それが済んで初めて湖上に三々五々舟を浮かべて菱の実をとりにかかる。菱の実をとるには古く歌を歌いながら採ったものであるらしく、今の祭の際に歌われるウポポと称する踊り歌の中には、その時の労働歌だったと思われるものが含まれて残っている。美幌ではそれを「イウク・ウポポ」i-uk-upopo[i(物)uk(採る)upopo(歌)]と言っている。次のようなものがある:――
ネタワタ ne-ta-wa-ta
カササ ka-sa-sa
トオチペク to-o-ci-pek
ネタワタ ne-ta-wa-ta
チペカ ci-pe-ka
トオカサシ to-o-ka-sas
これは次のような意味にとれる。
ne-ta-wa-ta どこに一体
kas as a ? 小屋があったのだろ?
too cip ek ! あそこに舟が来る!
neta wata どこから一体
cip ek a ? 舟が来たのだろ?
too kas as ! あそこに小屋がある!
次のようなものもある。
ゲタハタア ge-ta-ha-ta-a
ゲタフレエ ge-ta-hu-re-e
getaはketca「果柄」か。とすればgetahaはketcaha「その果柄」である。
第一句は
ketcaha ta a ? その果柄取ってみたか?
ということになる。第二句は
ketca huree ! 果柄は赤いよ!
であろう。菱の実の果柄が赤く色づいて取られるのを待つばかり、という意味にとれる。
従来、ウポポを「神頌歌」と訳し、それについて「歌詞の内容は単純で神々を賛美するものが多いからまずアイヌの賛美歌といってもよい」などと説いている人もあるけれども、それが当を得ていないことは、事実が雄弁に物語っている。ウポポの中には、神を賛美するものなど、よしあったとしても極めて少ない。舟こぎ歌、粉つき歌、草刈り歌、踊り歌、等、広い意味での労働歌が大部分を占めているのである。なお、草刈り歌については§397参照。