植物編 §141 ヤマブドウ Vitis Coignetiae Pulliat.
(1)hat ハッ 果実 ⦅北海道全地⦆
注1.――hatは全北海道に通じる。ヤマブドウをnikaop、nikopと呼ぶ地方、例えば美幌・屈斜路・足寄などでも、hatは雅語として、老人には記憶されている。
(2)hat-punkar ハップンカル [ブドウ・づる] 茎 ⦅北海道全地⦆
(3)hah ハハ [<hat] 果実 ⦅真岡⦆
(4)hah-punkara ハハプンカラ [<hat-punkar] 茎 ⦅真岡⦆
(5)nikaop ニカオプ [ni(木)ka(の上)o(に生じる)p(もの)] 果実 ⦅美幌、屈斜路・足寄⦆
注2.――nikaopはもと「木の実」の義。他地方では一般の木の実をさす。
(6)nikaop-punkar ニカオププンカル [ブドウ・づる] 茎 ⦅美幌、屈斜路・足寄⦆
(7)nikop ニコプ [<nikaop] 果実 ⦅美幌、屈斜路、塘路⦆
(8)nikop-punkar ニコププンカル [<nikaop-punkar] 茎 ⦅美幌、屈斜路、塘路⦆
(9)situkap シトゥカプ [situ(闘争用のこん棒)kap(皮)] 茎の皮 ⦅北海道全地⦆
注3.――この太い茎から取った皮をsitu-kap「こん棒の皮」というのを見ると、古くこの茎で闘争用のこん棒を作ったのであろうか。
(参考)この植物の若い葉柄は、皮をむいて生食した。巻ひげなども生食した。果実はもちろん熟したものを取って食べた。この果実の絞り汁は、それに海水を混ぜ、山椒の葉を入れて味をつけ、鱒の刺身などを浸して食べた。エゾテンナンショウを食べて中毒した時、解毒剤として、この果実を食べた。(それに関しては伝説がある。§363、エゾテンナンショウの条、参照)。マタタビの苦いのを食べた時、その口直しにもこの果実を食べた。茎は、強じんなので綱に用い、その皮は細く裂いて、それで「シトゥカプサラニプ」situkap-saranip[ブドウづるの皮の・こだし]と称する手提げ袋を編み、また「シトゥケリ」situ-keri[ブドウの・くつ]、詳しく言えば「シトゥカプケリ」situkap-keri[ブドウづるの・くつ]と称する夏に履くわらじ様のものを編んだ(幌別)。
釧路の山間の地方では、この皮を丸めて洗髪用のたわしを作った(児玉作左衛門・伊藤昌一、アイヌの髪容の研究、『北方文化研究報告』第五集、p.63)。
熊祭の時、子熊に綱をつけてしばらく場内を遊ばせるのであるが、その際に綱をつなぐ「トゥシコッニ」tuskotni[tus(つな)kot(つく)ni(木)]と称する柱には、ブドウづるで「カリプ」karip[kari(まわる)p(もの)]と称する輪を作ってはめて、それに綱の端を結ぶ。熊を殺した後、このブドウづるで作った輪で「ウコカリプカチウ」[u(互)ko(に)karip(輪)kaciw(突く)、“輪の突きっくら”]という競技を行った(名寄)。→補注(21)。
北見の美幌では、ヤマブドウの果実を多量に採集して容器に溜めて、その果汁を発酵させ酒にして飲んだ。
幌別ではヤマブドウの葉――それを「ハッハム」hat-hamという――を陰干しにしておいて、刻んでタバコに混ぜて飲んだ。