アイヌと自然デジタル図鑑

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アイヌ語辞典

植物編 §247 キタコブシ Magnolia Kobus DC. var. borealis Sarg.

(1)omawkusni オマウクシニ [o(尻、そこ)maw(風、香気)kus(通る)ni(木)] 茎 ⦅北海道各地⦆
 注1.――mawという語は日常語としては香気の意味をもつ。もっぱら「いいにおい」に限って用いられるようである。それでアイヌの古老に聞くと、たいていo(そこを)maw(いい香りが)kus(通っている)ni(木)と解しているようで、「いいにおいを出す木」の意味だと答える。現に、幌別地方では、この木を普段は「オマウクシニ」すなわち「いいにおいを出す木」と呼ぶが、いいにおいだと言えば病魔がそれに引かれてやって来るかもしれぬというので、伝染病の流行する際に限って、故意に名を変えて「オプケ・ニ」、すなわち「放屁する・木」と呼んだという。
 「オマウクシニ」から「オ」を省いて、単に「マウクシニ」と呼ぶ地方のあるのも、やはり「いいにおいを発する木」と解していたことを示すものである。「オ」は一方では「尻」を連想させるので不都合だから切り捨てたのであろう。
 だが、今のアイヌ語の語意と語感がそう解釈させるからと言って、もとからその通りだったとは言えない。mawを古謡や合成語の中ではにおいの感じが薄れて呼気、あるいは風を意味する場合が多い。oも本来は尻ということである。そこで「オマウクシ」はo(尻を)-maw(風が)-kus(通る)ということで、つまり「オプケ」(放屁する)と同じであり、従って「オマウクシ・ニ」は「放屁する・木」の意味だったとも考えられる。アイヌ語の植物名を調べてみると、いいにおいの木だとか草だとかいう気持ちから名づけられたものは一つもない。反対に、魔よけの立場から、ことさらに悪臭をもつことを強調した植物名は非常に多いのである。この木の名称なども、本来は“放屁する木”の意味でomawkusniと言ったのが、mawの内容が変化するにつれて「いいにおいを出す木」というような解釈に変じ、邪魔なoを切り捨てる地方も出てきたのであろう。魔除けの時に限ってopke-niと言い換えるのも、むしろ古い意味を復活させて使うのだと考えることができる。

(2)mawkusni マウクシニ [maw(香気)kus(通る)ni(木)] 茎 ⦅阿寒
 注2.――語源については上記、注1、を参照。

(3)opke-ni オプケニ [放屁する・木] 茎 ⦅幌別名寄美幌屈斜路⦆⦅A沙流千歳
 注3.――「オマウクシニ」も「オプケニ」も、どちらも使う土地が多い。ただ、前者を日常語として使う土地では、後者にはある特殊の環境において魔除けの意味を持たせて使うのが一般のようである。
(参考)この木の皮をはぐと非常にいい香りがするので、「いい香りのする木」という名があるのだという。ただ、いい香りがすると言えば、病魔がそれに引かれてやって来るかもしれないから、伝染病(特に天然痘など)が流行する時は、わざとその呼び名を変えて「放屁する・木」と呼び、その皮や枝条を煎じて盛んに飲んだ。風邪を引いた時もそれを飲み、普段お茶にしても飲んだ。怪我をした時は、この木の掻きくずで温湿布した(幌別)。

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