植物編 §299 クリ Castanea pubinervis Schneid.
(2)yam-ni ヤム・ニ [ヤム(クリの実)の生ずる木] 茎 ⦅長万部、幌別、平取⦆
(3)rayta ライタ いが ⦅幌別⦆
(4)yam-sey ヤム・セイ [クリの実の・貝殻] いが ⦅長万部⦆
(参考1)果実を多量に採集して鍋いっぱいに煮て食べ、また煮たものを干したくわえておいて、冬それを臼で搗いて果皮を除き、クリ飯などにした。間食に出して来て炉の熱灰の中に埋めて焼いても食べた。葉やいがは、煎じて咳どめに服用した。脱肛の時、果皮を煮てその湯気で患部を蒸した。月経の下りぬ時、この果実を煮て食えばよい。木はそれで舟を作り、家材にもし、家具も作った(幌別)。
クリのいがを開けることを、長万部でも幌別でも「ライタ・ナナ」rayta(クリのいが)na-na(こじあける)というが、それをするのに、今は婆さんたちでも草刈り鎌を持って歩くが、鎌は魔(nitne-kamuy)に対して使うものであり、クリは「カムイ・ラタシケプ」kamuy-rataskep(神様の・植物性食糧)なのだから、それを使えば「カムイ・イ・ルシカ」kamuy-i-ruska(神様が・それを・怒る)と言って、昔は絶対に使わなかったし、また使わせもしなかった。そのかわり、「イタニ」itani〔i(それを)ta(掘る)ni(木)〕と言って、長さ45cmくらいの掘り棒をシーズンごとに用意して持って歩いた。この掘り棒は先端が板のように薄く尖らせてあって、そこでいがをこじあけた。使い終わったものは、「ムルクタヌサ」mur-kuta-nusa(糠・捨て・幣場)へ行って「イワクテ」iwakte(魂送り)した(幌別)。
(参考2)クリはアイヌ固有のものでなく、日本内地からの移入であるとする神話がある。次に掲げるのは、胆振の幌別に伝えられていた神謡で、一句ごとに句頭に“カオル”という折り返しを置いて歌われるものである。
私はアヨロの神の一人娘である。ポロシリ岳の神である非常に偉い神を夫とかしずいていつも変わりなく暮らしていた。
するとある日、私のかしずく神は戸外へ出て行ったが、いくら待っても再び入って来る気配がなかった。そこで私は縫い物に使っていた針を抜いて目の前にかざし、片目をつぶり、片目を大きく見開いて、針のめどをすかして見ると、夫は石狩の神の一人娘とちちくりあって、そこに入りびたっているのであった。
私は腹が立ったので、日常の手回り品を祖母ゆずりの草織りのかばんに詰めて背負い、世界の果てにある鳥のいない国、木原のない国に行って住むつもりで出かけたが、途中まで来た時自分の体が何だか普段と違うような感じがしたので、調べてみると、妊娠しているのであった。そこでこう思った。「腹が立つけれども、ポロシリの神は偉い神である。それなのに、その一人子を鳥のいない国、木原のない国などで育てるのは、もったいないことである」そう思ったので、気を変えて、お隣の和人の国の背後の山奥に来て、そちらから来るススキこちらから来るススキをつなぎ合わせて、粗末な家を造り、その中に住んでいた。
するとある日、突然腹が痛み出して、浜の方に転がり山の方へ転がりするうちに、ひとりの男の子を産み落とした。ポロシリの神である偉い神の半分を裂き半分を小さくしたように父によく似たかわいらしい男の子であった。
それからその子を育てた。ここらの山では毎年クリの実があたり一面に実ったので、クリの実ばかり食べさせて育てた。今はもうよほど大きくなったが、大きくなるにつれて、いよいよ父なるポロシリの神に似て来るばかりであった。
(ここから語り手は息子に変わる)
母が俺を育てた。無上の養育神の養育を俺にしてくれた。母はクリ飯ばかりで俺を養育したので、俺の家の内にも外にもクリの実の入った俵の山があった。今は俺も成人して、着ている着物の前のはだかりを気にしてかき合わせかき合わせするほどの年頃になった。ある日母は炉端に出て来て、髪の毛の端を両方へかき分け、さも可愛くてたまらぬというように何度もうなずきながら、美しい声でこう言った。
「若様、私が物語りするのをよくお聞き下さい。私はアヨロの神の一人娘だったのですが、私の母さんは私をポロシリの神にお嫁にやったのです。夫のポロシリの神は偉い神なのですが、石狩の神の一人娘に迷って、そこへ行ったまま帰って来ない。腹が立ったので、鳥のいない国、木原のない国に行って住もうと思って出て来たのですが、途中であなたを身ごもっていることがわかったので、偉い神の一人子をそんな所で育てるのはもったいないと思い直して、隣国の和人の国の深山に来て、あなたを産み落としたのです。あなたも今は立派に成人したのだから、もうアイヌの国に帰らなければなりません。アイヌの国にはクリがないから、この俵を背負って行き、まずアヨロの村へ寄って、そこにあなたのおばあさんがいるから、そこへクリを半分置いて、あとの半分はポロシリに持って行って、そこの山へまきなさい。私はもう二度と帰らぬ覚悟でアイヌの国を出て来たのだから、この和人の国の山奥で果てるつもりです。あなたは行って、ポロシリの神の跡を継いで、ながくアイヌの国をお守りなさい」
そう言って母はクリの実のいっぱい入っている俵を俺にくれた。俺はその俵を背負ってアイヌの国へ帰って来て、音に聞くアヨロの村に立ち寄り、祖母に会って母からの言づてを伝え、アヨロの山からそこらじゅうにクリの実をまき散らした。それからそこを発って、なつかしいポロシリの山に着いて見ると、神の住居である金の城が、地上にさん然と立っていた。
クリの実を背負って俺が入って行くと、偉い神が右座に宝刀のさやを彫っていたので、初対面の挨拶をして母からの消息を伝えると、神の目から大粒の涙が雨のように降って顔いちめん洪水に浸ったようになった。そうして俺をひしと抱きしめてこう言った。「俺は身分の重い神だったのに、いかなる魔神にみいられたのか、ばかなまねをして、いとしい妻に去られてしまったが、その後はずっと独り身でポロシリの山を守って暮らしているのだ。しかし、今お前が来たから、神々の習わしに従って、俺は神の国へ行く。神の国からお前にふさわしい神女をよこすから、それと夫婦になって、このポロシリを守れ」そう言って、父はそら窓からいんいんたる雷鳴をとどろかせながら神の国へ昇って行った。
それから毎日、退屈しながら暮らしていると、ある日天から神の降りて来る音がいんいんと響いていたが、何者か俺の家の外庭に降り立った。やがて垂れ戸をそっと開けて入って来た者を見ると、月のように美しい娘であった。その娘に飯をたかせて、何不自由なく楽しく暮らしている。
――と、ポロシリ岳の若い神が物語った。